関連サイト

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

nonviolence

2014年1月18日 (土)

チャルカ(糸車)・スワラージ(自治・独立)・アヒンサー(不殺生・非暴力)

 市民的不服中の気運が高まっている今、繰り返しになったとしても、チャルカ(糸車)とスワラージ(自治・独立)とアヒンサー(不殺生・非暴力)の間に切っても切れない関係があることを一つの記事にまとめてはどうかという提案がありました。喜んでそうすることにしましょう。
 糸車は大衆の希望であると私は思っています。人々はチャルカを失って、以前あったような自由を失いました。チャルカは村人の農業を補完してくれていましたし、尊厳を与えてくれる物でした。寡婦にとっては、友であり慰めでした。村人が手持ちぶさたにならないですんでいたのです。チャルカには、その前後に様々な仕事が付随していました。綿繰り、カード掛け、整経、糊付け、染色、機織りなどです。これによって、今度は村の大工や鍛冶屋が忙しく働いていました。チャルカによって、70万の村村が自立できていたのです。チャルカがなくなって、村の他の産業、たとえば油絞りなどもなくなっていきました。これらの産業に取って代わるものは何もありませんでした。そのため、村ではいろいろな仕事がなくなるとともに、創造的才能や、これらの産業のおかげで得ていた幾ばくかの収入もなくなってしまいました。
 同じように村の手工業が廃れてしまった他の国の例を持ち出しても、参考にはなりません。他国の村はその損失を補えるだけの利益を得ていました。一方で、インドの村人はほとんど何も得ていないのです。西洋の工業国は他国を搾取していました。インドは、搾取されている国です。ですから、村人がその真価を発揮したいなら、最も自然なことは、チャルカとそれが意味するすべてを取り戻すことです。
 チャルカを復活させるには、知性と愛国心を兼ね備えた献身的なインド人の一団が心を一つにして村の中でチャルカのメッセージを広め、意気消沈して輝きを失っている瞳に希望の光を灯すしかありません。つまり、大変な努力を傾けて協力し、正しい部類の成人教育を行うのです。チャルカが静かに、しかし確実に命を与える革命を引き起こすように、このことも静かであっても確かな革命をもたらします。
 チャルカの取り組みを20年続けてきて、ここまで私が述べてきたことに間違いはないと、私は確信するに至りました。チャルカは、貧しいヒンズー教徒にも、貧しいイスラム教徒にもほぼ同じ恵みをもたらしました。ほぼ5千万ルピーものお金が、面倒な手続きもなく、これら何百万もの村の芸術家たちの手に渡りました。
 チャルカによって様々な宗教に属する人々の立場でスワラージを勝ち取ることができると私はためらうことなく申し上げます。チャルカによって村が正しい位置を取り戻すことができ、上下の区別を廃止できます。
 しかし、この国が非暴力を信じないならば、チャルカによってスワラージを達成することはできませんし、一歩も前に進みません。ドキドキするようなことではないので、自由を希求する愛国者たちは、チャルカを見下しがちです。歴史の本に載っているチャルカをつまらなく眺めるだけです。自由を熱愛する人々は、外国の支配者と戦って倒すことを熱望しています。悪いのは全部相手であって、自分たちの中にある悪を見ようとしません。流血を経て自由を獲得した国々について語ります。チャルカは暴力を否定しているので、全く軟弱に思えるのです。
 1919年に、インドの自由を愛する人々は、スワラージへの唯一かつ確実な手段として、非暴力を、そして非暴力を象徴するものとしてチャルカを採用しました。1921年には、チャルカが国旗に堂々と描かれました。しかし、非暴力がインドの人々の心に深く根付くことはありませんでした。そして、チャルカも本領を発揮することはありませんでした。会議派の大半が非暴力を心から信じない限り、チャルカの真価が示されることはないでしょう。もし、彼らが心から非暴力を信じるなら、議論などせずとも、チャルカ以外に非暴力を象徴する物はあり得ないと、自ずと気づくことでしょう。そして、チャルカを広める以外に、非暴力を現していく手段はほかにないことにも気づくでしょう。非暴力が存在しないなら、非暴力不服従も存在しないのは当然のことです。私の主張は間違っているかもしれません。私があげた事例に誤りがあるかもしれません。しかし、私はこのように考えていますので、私がここで申し上げた条件が満たされていない以上、私は市民的不服従を宣言することができないのです。
Harijan, 13-4-1940 

CHARKHA-SWARAJ-AHIMSA
     A correspondent says now that civil disobedience is in the air, I must once more, even at the risk of repeating myself, summarize in a single article my argument showing that there is a vital connection between the charkha, swaraj and ahimsa. I gladly make the attempt.
     The spinning-wheel represents to me the hope of the masses.  The masses lost their freedom, such as it was, with the loss of the charkha. The charkha supplemented the agriculture of the villagers and gave it dignity. It was the friend and solace of the widow. It kept the villagers from idleness. For the charkha included all the anterior and posterior industries-ginning, carding, warping, sizing, dyeing and weaving. These in their turn kept the village carpenter and the blacksmith busy. The charkha enabled the seven hundred thousand villages to become self-contained. With the exit of the charkha went the other village industries, such as the oil-press. Nothing took the place of these industries. Therefore the villages were drained of their varied occupations and their creative talent and what little wealth these brought them.
     The analogy of the other countries in which too village handicrafts were destroyed will not serve us because, whereas the villagers there had some compensating advantages, India’s villagers had practically none. The industrialized countries of the West were exploiting other nations. India is herself an exploited country. Hence, if the villagers are to come into their own, the most natural thing that suggests itself is the revival of the charkha and all it means.
     This revival cannot take place without an army of selfless Indians of intelligence and patriotism working with a single mind in the villages to spread the message of the charkha and bring a ray of hope and light into their lustreless eyes. This is a mighty effort at cooperation and adult education of the correct type. It brings about a silent and sure revolution like the silent but sure and life-giving revolution of the charkha.
     Twenty years’ experience of charkha work has convinced me of the correctness of the argument here advanced by me. The charkha has served the poor Muslims and Hindus in almost an equal measure.  Nearly five crores of rupees have been put into the pockets of these lakhs of village artisans without fuss and tomtomming.
     Hence I say without hesitation that the charkha must lead us to swaraj in terms of the masses belonging to all faiths. The charkha restores the villages to their rightful place and abolishes distinctions between high and low.
     But the charkha cannot bring swaraj, in fact it will not move, unless the nation has faith in non-violence. It is not exciting enough.  Patriots yearning for freedom are apt to look down upon the charkha. They will look in vain to find it in history books. Lovers of liberty are fired with the zeal to fight and banish the foreign ruler. They impute all the vices to him and see none in themselves. They cite instances of countries having gained their freedom through seas of blood. The charkha devoid of violence seems an utterly tame affair.
     In 1919 the lovers of the liberty of India were introduced to non-violence as the only and sure means to swaraj and to the charkha as a symbol of non-violence. The charkha found its proud place on the national flag in 1921. But non-violence had not gone deep into the heart of India, and so the charkha never came into its own. It will never come into its own unless the vast body of Congressmen develop a living faith in non-violence. When they do so they will, without needing any argument, discover for themselves that there is no other symbol of non-violence than the charkha, and that without its universalization there will be no visible expression of non-violence. It is common ground that without non-violence there can be no nonviolent disobedience. My argument may be false, my data may be faulty. But, holding the views I do, let me proclaim that without fulfilment of the conditions prescribed by me I simply cannot declare civil disobedience.
SEVAGRAM, April 9, 1940
Harijan, 13-4-1940 
vol.78 pp.129-131

2012年8月15日 (水)

非暴力の民主国家

 

インド独立前夜、インドとパキスタンの分離を巡って暴力が吹き荒れるときに、非暴力の民主的な国は、一人一人が実現するものであることを述べた。祈りの集会でのガンジーのスピーチより(1947年7月)

自分たちの国は民主国家だと表明する国が今はあります。しかし、当然のことですが、そう宣言するだけで民主的になるわけではありません。人民による統治が存在するのであれば、どうして軍隊が必要でしょうか? 軍隊が統治していれば、人民による統治は不可能です。軍隊が統治する国による世界連合などあり得ません。ドイツや日本の軍時独裁政権は、さまざまな国を自分たちの友好国に迎え入れようとしました。しかし、そのようにだましても長続きはしませんでした。・・・

 ・・・我々の非暴力は弱者の非暴力にすぎませんでした。しかし、現実問題として、弱さと非暴力は両立できません。ですから、非暴力というよりも、むしろ受動的抵抗と呼ぶべきです。・・・受動的抵抗は、能動的な武力による抵抗への備えとなります。結果として、人々の心の中にあった暴力が、今、現実に噴出しているのです。

 我々の受動的抵抗といえども、完敗したわけではありません。自由をほぼこの手に納めています。今日我々が目にする暴力は、臆病者の暴力です。勇敢な暴力というものも存在します。4、5人の男が戦って、剣で殺されるなら、そこには暴力が存在しますが、その暴力は勇気ある暴力です。しかし、1万人の軍人が、非武装のある村を襲い、妻子ともども村人たちを殺戮するなら、これは臆病者の暴力です。アメリカは日本に原爆を落としました。これは臆病者の暴力でした。勇気ある非暴力であれば、見る価値があります。そのような非暴力を生きているうちに目にしたいものです。そのためには、内なる強さを持つ必要があります。これこそ比類なき武器です。その美が人々にわかっていたなら、この間、失われた命や財産は、どれも失われはしなかったでしょう。

 私は過去32年間、人々に伝えようとした非暴力の教えを、人々が学んでいたなら、今日のような食料や衣類の配給も必要なかったでしょう。食べ物や衣類を賢く食べたり、使ったりしていたなら、どちらもインドで不足するはずがありません。人々が誠実に生き、互いに助け合うなら、役所に頼る必要もなくなるでしょう。・・・公務員は、自らを人民の僕とは思っていませんし、人民に奉仕するために雇われているわけでもありません。外国の統治を何とか維持していくために、存在しています。役場につめたまま、命令を出しては、手下に伝えさせています。もし、我々が自分たちの足で立つことを知り、役所に頼ることをやめるなら、配給も役所も今のインドに必要ありません。確かに行政を動かすのにある種の公務員は必要です。やがて、公務員が変化して、人に奉仕するために仕事をするようになるなら、その時、真に民主的な体制が出現するのです。

 

2011年9月24日 (土)

糸車・独立・非暴力

 市民的不服従の機運が高まっているこの時に、今一度、繰り返しになったとしても、糸車と独立と非暴力とが、どれほど密接に関係しているかを、一つの記事の中で簡潔に述べる必要があるのではないかと言ってくださる方がありました。私は喜んで、そうしてみたいと思います。
 糸車は私にとっては、大衆の希望です。大衆は、糸車を失った時に、ささやかな自由を失ってしまいました。糸車は、村人たちにとっては、農業を補ってくれるものでした。そして、尊厳を得ていました。寡婦にとっては、友であり、慰めでした。これがあったおかげで、村人たちは怠惰にならずにすんでいました。糸車に付随して、その前後にたくさんの作業があったからです。綿繰り、綿梳き、整経、糊付け、染織などです。さらには、村の大工や鍛冶屋も忙しく働くことになりました。糸車のおかげで、70万の村々が、自給自足できていました。糸車がなくなって、搾油などの村の他の産業も消えていきました。これらの産業に代わるものは何もありませんでした。そのため村々はいろいろな仕事を失ってしまって、創造的な能力も、これらの仕事によって得ていたささやかな富もなくしてしまったのです。
 村の手工業が破壊されてしまった他の国々と比べてみても、我々には意味がありません。と言いますのも、他の国の村人たちは、失ったものを埋め合わせることができたからです。インドの村人たちには、何もありません。西洋の工業国は、他の国々を搾取していました。インドは、搾取された国です。ですから、村人たちは、独立したなら、最も自然なこととしては、糸車とその意味することのすべてを取り戻すことになるわけです。
 このように甦らせていくためには、知性があって愛国心にあふれたインド人が一丸となって無私の働きをしていくことが必要です。村の中で糸車のメッセージを広め、村人たちの生気のない目に一条の希望の光を灯す活動が必要なのです。これは、協力という壮大な取り組みであり、本来の成人教育でもあります。ひっそりとしていても、確実に命を与える糸車の革命となりましょう。
 20年間、糸車の活動に取り組んできた経験から、ここで私が述べてきたことが正しいことを私は確信しています。糸車は、貧しいイスラム教徒にもヒンズー教徒にも同じように助けとなります。5000万ルピーに近い金額が、あれこれ煩うこともなく、これら本当に大勢の村の職人たちの手に、分配されたのです
 ですから、いろいろな宗教に属する大衆の立場での独立を達成するには、糸車しかないと、私はためらうことなく言います。糸車によって、村はふさわしい地位を回復し、高い、低いの区別をなくすことができます。
 しかし、この国が非暴力を信じない限り、糸車によって独立を達成することはできません。実際、どこにも行けません。糸車は、それほど、興奮をそそられることではありません。自由を求めてやまない愛国者たちは、糸車を見下す傾向があります。彼らは、歴史の本の中にある糸車をむなしく眺めるだけです。自由を愛する人たちは、外国の支配者と戦って彼らを追い払うのだという熱い思いに燃えています。悪いことはすべて支配者のせいにしています。そして、自分たちの欠点はいっさい見ようとしません。彼らは、血の海を経て自由を獲得した国々の例を引き合いにだします。暴力に無縁の糸車は、彼らには実に単調に見えます。
 1919年にインドの自由を愛する人々に、独立への唯一確実な手段として非暴力が、そして非暴力のシンボルとして、糸車が紹介されました。1921年には、糸車が国旗の中に誇り高く描かれました。しかし、非暴力はインドの心に深く根付くことはありませんでした。そして、糸車も本領を発揮できませんでした。会議派の大多数が非暴力を心から信じない限り、本領を発揮することはないでしょう。彼らが本気で信じれば、もう議論する必要もなく、糸車以外に非暴力のシンボルはないことに、自分で気づくことでしょう。そして、糸車を普及させなければ、非暴力を見える形で表現できないことにも気づくはずです。非暴力がなければ、非暴力の不服従も存在しえないことは、共通の認識です。私の主張が間違っているかもしれません。私のデータは不完全かもしれません。しかし、私はこのように考えていますので、私が述べてきました条件が完全に整わない限り、私は、市民的不服従を宣言することができないのです。
ハリジャン1940年4月13日

CHARKHA-SWARAJ-AHIMSA
     A correspondent says now that civil disobedience is in the air, I must once more, even at the risk of repeating myself, summarize in a single article my argument showing that there is a vital connection between the charkha, swaraj and ahimsa. I gladly make the attempt.
     The spinning-wheel represents to me the hope of the masses.  The masses lost their freedom, such as it was, with the loss of the charkha. The charkha supplemented the agriculture of the villagers and gave it dignity. It was the friend and solace of the widow. It kept the villagers from idleness. For the charkha included all the anterior and posterior industries--ginning, carding, warping, sizing, dyeing and weaving. These in their turn kept the village carpenter and the blacksmith busy. The charkha enabled the seven hundred thousand villages to become self-contained. With the exit of the charkha went the other village industries, such as the oil-press. Nothing took the place of these industries. Therefore the villages were drained of their varied occupations and their creative talent and what little wealth these brought them.
     The analogy of the other countries in which too village handicrafts were destroyed will not serve us because, whereas the villagers there had some compensating advantages, India's villagers had practically none. The industrialized countries of the West were exploiting other nations. India is herself an exploited country. Hence, if the villagers are to come into their own, the most natural thing that suggests itself is the revival of the charkha and all it means.
     This revival cannot take place without an army of selfless Indians of intelligence and patriotism working with a single mind in the villages to spread the message of the charkha and bring a ray of hope and light into their lustreless eyes. This is a mighty effort at cooperation and adult education of the correct type. It brings about a silent and sure life-giving revolution of the charkha.
     Twenty years' experience of charkha work has convinced me of the correctness of the argument here advanced by me. The charkha has served the poor Muslims and Hindus in almost an equal measure. Nearly five crores of rupees have been put into the pockets of these lakhs of village artisans without fuss and tomtomming.
     Hence I say without hesitation that the charkha must lead us to swaraj in terms of the masses belonging to all faiths. The charkha restores the villages to their rightful place and abolishes distinctions between high and low.
     But the charkha cannot bring swaraj, in fact it will not move, unless the nation has faith in non-violence. It is not exciting enough. Patriots yearning for freedom are apt to look down upon the charkha. They will look in vain to find it in history books. Lovers of liberty are fired with the zeal to fight and banish the foreign ruler. They impute all the vices to him and see none in themselves. They cite instances of countries having gained their freedom through seas of blood. The charkha devoid of violence seems an utterly tame affair.
     In 1919 the lovers of the liberty of India were introduced to non-violence as the only and sure means to swaraj and to the charkha as a symbol of non-violence. The charkha found its proud place on the national flag in 1921. But non-violence had not gone deep into the heart of India, and so the charkha never came into its own. It will never come into its own unless the vast body of Congressmen develop a living faith in non-violence. When they do so they will, without needing any argument, discover for themselves that there is no other symbol of non-violence than the charkha, and that without its universalization there will be no visible expression of non-violence. It is common ground that without non-violence there can be no nonviolent disobedience. My argument may be false, my data may be faulty. But, holding the views I do, let me proclaim that without fulfilment of the conditions prescribed by me I simply cannot declare civil disobedience.
SEVAGRAM, April 9, 1940
Harijan, 13-4-1940

2011年8月 7日 (日)

恒久平和を願って

 恒久平和が実現可能だと信じないのは、人間の中にある神的な存在を信じないということです。これまでのやり方がうまくいかなかったのは、そのために奮闘してきた人々の方に、もっとも根本にあるべき誠実さが欠けていたからです。これが欠けていることに気づいていたのでもありません。平和は、達成するための条件の一部を遂行するだけでは、手に入りません。化学反応であっても、それに必要な条件が全部揃わなければ、反応は起こりません。破壊の動力源を手元に握っている人類の指導者と目される人々が、それを使用することから完全に手を引くならば、その意味することを十分に知った上でそうするならば、恒久平和を達成できます。地上の大国が、その帝国主義の野望を捨てることをしなければ、これは全くできない相談です。魂を破壊する競争をよいことだと信じたり、欲望の拡大を望んだり、そして、それゆえ物質的な富の増大を願ったりすることをやめない限り、無理でしょう。私は確信しているのですが、悪の根源には、生ける神への生きた信仰の欠如ということがあります。人類にとって、これほどの悲劇はないのですが、イエスのメッセージを信じていると主張する地上の民族が、彼らはイエスのことを平和の君と呼んでいるのですが、そう主張する彼らが、実際の行動でその信じていることを見せてくれることがほとんどありません。まじめなクリスチャンの聖職者たちが、イエスのメッセージの及ぶ範囲を選ばれた個人にだけ限っているのを見るのは、心痛むことです。子供の頃から教えられてきましたし、実際の生活でもその正しさを試してきましたが、人にとって最も大切な美徳を、人類のもっとも卑しい者であっても養い育てることができます。この疑うことのできない普遍的な可能性こそ、人間が、神によって創造された他の生物と際だって異なっているところです。大国の一国であっても、手放すという最高の行為を無条件で実行するならば、私たちの多くが生きている間に、この地上に見える形で平和が実現するのを目にすることでしょう。
Harijan, 18-6-1938

     Not to believe in the possibility of permanent peace is to disbelieve the godliness of human nature. Methods hitherto adopted have failed because rock-bottom sincerity on the part of those who have striven has been lacking. Not that they have realized this lack. Peace is unattainable by part performance of conditions, even as a chemical combination is impossible without complete fulfilment of the conditions of attainment thereof. If the recognized leaders of mankind who have control over engines of destruction were wholly to renounce their use, with full knowledge of its implications, permanent peace can be obtained. This is clearly impossible without the great Powers of the earth renouncing their imperialistic design. This again seems impossible without great nations ceasing to believe in soul-destroying competition and to desire to multiply wants and therefore increase their material possessions. It is my conviction that the root of the evil is want of a living faith in a living God. It is a first-class human tragedy that peoples of the earth who claim to believe in the message of Jesus who they describe as the Prince of Peace show little of that belief in actual practice. It is painful to see sincere Christian divines limiting the scope of Jesus’ message to select individuals. I have been taught from my childhood and tested the truth by experience that the primary virtues of mankind are possible of cultivation by the meanest of the human species. It is this undoubted universal possibility that distinguishes the humans from the rest of God's creation. If even one great nation were unconditionally to perform the supreme act of renunciation, many of us would see in our lifetime visible peace established on earth.
Harijan, 18-6-1938
vol.68 pp.209-210

2011年7月30日 (土)

浄化を促す運動

 ローラット法案が公表された時、人間の自由をあまりにも制限する法案なので、最大限の抗議をしなければならないと、私は感じました。..... しかも、つぶされてしまったり、暴力へと発展していかないように、これから行う運動には、明確な方向付けがなされなければならないということも、感じました。
 ですから私は思い切って、市民的抵抗の面を強調して、サティヤーグラハをこの国に提示しました。そして、これは純粋に自分の内面に向かい、浄化を促す運動ですので、4月6日の1日を、あらゆる仕事の手を休めて断食と祈りに捧げるように提案したのです。.....この提案を広めるためには、昨年の3月24日にマドラスで次のメッセージを公表することしかしませんでした。:
 「サティヤーグラハは、これまでに何度か集会で説明してきたように、本来、宗教的な行動です。心を浄め、悔い改める過程を言うのです。苦しみを自分で引き受けることで、改革を実現し、憤りの救済を目指すのです。....

     When the Rowlatt Bills were published, I felt that they were so restrictive of human liberty that they must be resisted to the utmost..... I felt, too, that the oncoming agitation needed a definite direction, if it was neither to collapse nor to run into violent channels.
     I ventured therefore to present satyagraha to the country, emphasizing its civil resistance aspect. And as it is purely an inward and purifying movement, I suggested the observance of fast, prayer and suspension of all work for one day--the 6th of April.....  I took no steps to further the idea beyond publishing the following message on the 24th March last at Madras:
     Satyagraha, as I have endeavoured to explain at several meetings, is essentially a religious movement. It is a process of purification and penance.  It seeks to secure reforms or redress of grievances by self-suffering....
CONGRESS REPORT ON THE PUNJAB DISORDERS  March 25, 1920
vol.20 pp.42-43

2011年7月29日 (金)

魂の力

 サティヤーグラハの闘士は、負けるということを知りません。疲れを知らずに、真理のために闘っているからです。闘いの中で命を落としても、それは救いの御業です。そして、刑務所は、自由に至る門です。
 サティヤーグラハは、魂の力とも呼ばれています。死が運動の停止ではなく、最高点であるというのを、サティヤーグラハの闘士が確信するには、内なる魂の存在をはっきりと確認する必要があります。身体は、自己を表現するための道具に過ぎません。身体があることで、相手が真理を悟る邪魔になっているのであれば、喜んで身体を手放します。この闘士の基盤が、この真理だからです。もし、相手の考えを変えることができるものがあるとすれば、それは、自分の身体を喜んで捧げることであるに違いないと、心から信じて、自分の身体を手放します。魂は、身体が朽ちてもなお存在し続けることを知っているので、真理が勝つのを、性急にも今の身体で見届けたいと思ったりはしません。実際、相手に真理を悟ってもらうためには、命を捧げることさえもできる、そこにこそ、勝利があるのです。サティヤーグラハの闘士が今現在、表明しているのが、この真理です。
 サティヤーグラハの闘士は、相手に危害を加えることは決してありませんし、いつも訴えかけています。やさしく諭すことで相手の理性に訴えかけたり、自らを犠牲にささげることで相手の心に訴えます。ですので、サティヤーグラハは二倍祝福されます。それを実践する人が祝福され、実践した相手も祝福されるからです。

     A satyagrahi does not know what defeat is, for he fights for truth without being exhausted. Death in the fight is a deliverance, and prison a gateway to liberty.
     It is called also soul-force, because a definite recognition of the soul within is a necessity if a satyagrahi is to believe that death does not mean cessation of the struggle but a culmination. The body is merely a vehicle for self-expression; and he gladly gives up the body, when its existence is an obstruction in the way of the opponent seeing the truth, for which the satyagrahi stands. He gives up the body in the certain faith if anything would change his opponent's view, a willing sacrifice of his body must do so. And with the knowledge that the soul survives the body, he is not impatient to see the triumph of truth in the present body. Indeed, victory lies in the ability to die in the attempt to make the opponent see the truth, which the satyagrahi for the time being expresses.
     And as a satyagrahi never injures his opponent and always appeals, either to his reason by gentle argument, or his heart by the sacrifice of self, satyagraha is twice blessed; it blesses him who practises it, and him against whom it is practised.
CONGRESS REPORT ON THE PUNJAB DISORDERS  March 25, 1920
vol.20 p.41

2011年6月28日 (火)

魂の力、受動的抵抗とは、

私が暴力に反対するのは、ただひたすら暴力が間違ったことであり、しかも効果がないからだとあなたは思っておられます。まさにそのとおりです。達成したい目的が間違っているから暴力に反対しているのではありません。目的とそれを達成する手段とを分離できると仮定しての話となりますが、それは無理だと私は思っています。暴力によって獲得した自治は、私が主張する手段で獲得した自治とは、全く異なるはずだと、私は確信しています。
 私は、勇気を出して、近代文明を徹頭徹尾批判してきました。その文明の精神が邪悪であるからです。・・・近代文明は、ヨーロッパだけにとどまってはいません。その影響は破竹の勢いで日本を席巻しています。そして、インドにも襲いかかってきています。・・・近代文明が与えてくれる生活も、そして古代文明の生活も経験してきた者として私は、「厳しい競争にさらされること、そして、物や華やかさ、さらには知的刺激によって」インド国民は立ち上がる必要があるとする主張に対しては、心から反対せざるを得ないのです。なぜなら、これらによって、道徳が一インチでも高められるはずはないからです。・・・
 「受動的抵抗」というのは、誤解を招くネーミングです。私がこれを使ってきたのは、それが何を意味しているかが一般的に知られているからです。・・・その根底にある原理は、暴力の原理とは正反対です。・・・暴力は、外的な方法で改革しようとします。受動的抵抗、つまり、魂の力は、内的な成長によって改革の実現を目指します。自らが苦しみ、自分を浄化することによってです。暴力は常に失敗します。受動的抵抗は必ず成功します。受動的抵抗者の闘いは、やはり、精神的闘いです。勝利を勝ち取る闘いだからです。勝利を勝ち取るために、つまり、自分を制御できるようになるために闘うしかないのです。受動的抵抗は、つねに道徳的で、決して残酷ではありません。どのような活動も、精神的なものも、そうでないものも含めて、この範疇に入らなければ、受動的抵抗では決してないのです。
 政治と、宗教あるいはスピリチュアルの間に、はっきりとした境界を定めるべきだとお考えなのでしょう。・・受動的抵抗では、政治と宗教の融合を追求しています。そして、行動の一つ一つを、倫理的基準に照らすようにと求めています。イエスが、魂の力を用いて、石をパンに変えることを拒んだことも、私の主張を裏付けています。今の近代文明は、この不可能な離れ業をしようとしています。魂の力を用いて石をパンに変えようとするなら、昔も今も、悪魔の呪術となってしまいます。さらに、ある行為が正しいか、間違っているかは、常に動機によってのみ判断できるとするあなたの主張にも、賛成できかねます。無知な母親は、純粋な動機から、子どもに阿片を投与するかもしれません。動機が純粋であっても、そのことでこの母親や母親の無知を治すことはできませんし、道徳的にも子供を殺した犯罪行為を取り消すことはできません。受動的抵抗者は、この原理を認識し、動機が純粋であっても、自分の行動が完全に間違っている場合もあると知っているので、判断は、至上の存在にゆだねているのです。悪だと思うことに抵抗する場合も、自分だけが苦しむことにしています。
 ・・・
 純粋な受動的抵抗者は、殉教者ぶったり、刑務所での処遇やその他の苦難について文句を言うことはできません。不正や不当な処遇を政治的に利用することも許されません。さらに、受動的抵抗について吹聴することなどもってのほかです。しかし、あらゆる行為が残念ながら、混じりあっています。もっとも純粋な受動的抵抗というのは、理論の上でしか存在できません。ご指摘くださった例外は、トランスバールのインド人の受動的抵抗者も、結局は、誤りを免れない、とても弱い人たちであることを示しています。しかし、指摘しておきたいのですが、彼らは、自分たちの行動をできるだけ純粋な受動的抵抗に近づけることを目標にしています。そして、闘争が進展するにつれて、純粋な精神性が、たしかに我々の中に立ち上がってきています。
 受動的抵抗者が皆、愛や真実の精神に燃えているわけではないことは、認めます。たしかに復讐や敵意の感情のとらわれている人もいます。しかし、我々皆が望んでいることは、憎しみや敵意から自らを癒していくことです。運動の新しさにひかれて、あるいは利己的な理由から受動的抵抗者になった人たちは、脱落していきました。自分が犠牲になっているふりをしてみても、長続きはしません。そのような人々は、決して受動的抵抗者ではなかったのです。・・兵士等の肉体的苦痛の方が、トランスバールの受動的抵抗者のそれよりもはるかにまさっていると主張されるのであれば、まさにその通りであると、私も同意します。しかし、自ら進んで火葬用の薪や煮えたぎる鍋の中に身を投じたことで世界的に知られている受動的抵抗者の犠牲は、名前を挙げられるどの兵士の犠牲にも、比較にならないくらい大きいのです。
 私はトルストイの代わりに話す振りはできませんが、彼の書いた物を読んでも、次のような考えにはいたりませんでした。力によって組織され、力に基づく機関、つまり政府をトルストイは冷徹に分析していますが、それにもかかわらず、世界全体が、達観した無政府状態で暮らせることをトルストイが期待し、夢想したとは思えないのです。私が思うに、トルストイが主張したことは、世界の偉大な師たちと同様に、全ての人が自らの内にある良心の声に従い、自分を律し、心の中から神の国を追求すべきだということです。トルストイにとって、彼の許しなしに彼を支配できる政府は存在しません。どのような政府もそのような人にはかないません。あるライオンが、無知から自分たちを羊だと思いこんでいる大多数のライオンに向かって、彼らは、羊ではなくてライオンだと教えてあげるのは、それほど危険なことなのでしょうか? 本当に無知なライオンの中には、事実を知っているライオンの主張に反論するものもいるでしょう。そのため、混乱することもあるでしょう。しかし、どれほど大きな無知に覆われていようとも、事実を知っているライオンが、じっと座っていたり、自らの尊厳、自由を分かちあわないかと仲間のライオンに呼びかけるのをやめておく必要はないでしょう。
LETTER TO W. J. WYBERGH May 10, 1910
Indian Opinion, 21-5-1910 

.....And I accept your proposition that I discourage violence only because I think it to be both wrong and ineffective, and not because the object sought to be attained is wrong, that is to say, if it were ever possible, which I hold it is not, to detach the object from the means adopted to attain it. I hold that Home Rule obtained by violence would be totally different in kind from that obtained by the means suggested by me.
     I have ventured utterly to condemn modern civilization because I hold that the spirit of it is evil.... Its activity is by no means confined to Europe. Its blasting influence is now being exhibited in full force in Japan. And it now threatens to overwhelm India.... I claim to have tested the life which modern civilization has to give, as also that of the ancient civilization, and I cannot help most strongly contesting the idea that the Indian population requires to be roused by “the lash of competition and the other material and sensuous, as well as intellectual, stimuli”; I cannot admit that these will add a single inch to its moral stature....
     I admit that the term “passive resistance” is a misnomer. I have used it because, generally speaking, we know what it means... The underlying principle is totally opposed to that of violence... The function of violence is to obtain reform by external means; the function of passive resistance, that is, soul-force, is to obtain it by growth from within; which, in its turn, is obtained by self-suffering, self-purification. Violence ever fails; passive resistance is ever successful. The fight of a passive resister is none the less spiritual because he fights to win. Indeed, he is obliged to fight to win, that is, to obtain the mastery of self. Passive resistance is always moral, never cruel; and any activity, mental or otherwise, which fails in this test is undoubtedly not passive resistance.
     Your argument tends to show that there must be complete divorce between politics and religion or spirituality... Passive resistance seeks to rejoin politics and religion and to test every one of our actions in the light of ethical principles. That Jesus refused to use soul-force to turn stones into bread only supports my argument. Modern civilization is at present engaged in attempting that impossible feat.  The use of soul-force for turning stones into bread would have been considered, as it is still considered, as black magic. Nor can I hold with you that motives alone can always decide the question of a particular act being right or wrong. An ignorant mother may, from the purest motives, administer a dose of opium to her child. Her motives will not cure her of her ignorance, nor, in the moral world purge her of the offence of killing her child. A passive resister, recognising this principle and knowing that, in spite of the purity of his motives, his action may be utterly wrong, leaves judgment to the Supreme Being, and, in attempting to resist what he holds to be wrong, suffers only in his own person.
     ....
     .. a pure passive resister cannot allow himself to be regarded as a martyr nor can he complain of the hardships of prison or any other hardships, nor may he make political capital out of what may appear to be injustice or ill-treatment, much less may he allow any matter of passive resistance to be advertised. But all action unfortunately is mixed. Purest passive resistance can exist only in theory. The anomalies you point out only emphasize the fact that the Indian passive resisters of the Transvaal are, after all, very fallible human beings and yet very weak, but I can assure you that their object is to make their practice correspond with pure passive resistance as nearly as possible, and, as the struggle progresses, pure spirits are certainly rising in our midst.
     I am free to admit also that all passive resisters are not fired with the spirit of love or of truth. Some of us are undoubtedly not free from vindictiveness and the spirit of hatred; but the desire in us all is to cure ourselves of hatred and enmity. I have noticed, too, that those who simply became passive resisters under the glamour of the newness of the movement or for selfish reasons have fallen away. Pretended self-suffering cannot last long. Such men never were passive resisters... If you say that physical sufferings of soldiers have vastly exceeded those of the Transvaal passive resisters, I agree with you entirly; but the sufferings of world-known passive resisters who deliberately walked into funeral pyres or into boiling cauldrons were incomparably greater than those of any soldier it is possible to name.
     I cannot pretend to speak for Tolstoy, but my reading of his works has never led me to consider that, in spite of his merciless analysis of institutions organised and based upon force, that is governments, he in any way anticipates or contemplates that the whole world will be able to live in a state of philosophical anarchy. What he has preached, as, in my opinion, have all world-teachers, is that every man has to obey the voice of his own conscience, and be his own master, and seek the Kingdom of God from within. For him there is no government that can control him without his sanction. Such a man is superior to all government. And can it be ever dangerous for a lion to tell a number of other lions who in their ignorance consider themselves to be merely lambs that they, too, are not lambs but lions?  Some very ignorant lions will no doubt contest the knowing lion's proposition. There will, no doubt, on that account be confusion also, but, no matter how gross the ignorance may be, it will not be suggested that the lion who knows should sit still and not ask his fellow-lions to share his majesty and freedom.
LETTER TO W. J. WYBERGH May 10, 1910
Indian Opinion, 21-5-1910 

2010年9月29日 (水)

「行動せよ、さもなくば死を!」の真意

「殺せ、さもなくば殺されよ」を意味してはいません。・・本当の意味は、我々は自らの義務を果たし、必要があれば、その義務を遂行する中で死なねばならないということです。

....
 故チョーダリー・ラムバーイ・ダット氏が作られた詩にに、私の心をいつも深く動かす次の一節があります。「我々には、決して敗北はない。たとえ死んだとしても」というものです。これこそ、私がみなさんに期待する精神です。・・サティヤーグラヒ(サティヤーグラハを実行する人=非暴力の戦士)は、敗北という言葉を知りません。
 さらに、「英国人がやることはすべて悪に決まっている」などと、サティヤーグラヒには口にしてほしくはありません。英国人が必ずしも邪悪であるというわけではありません。英国人の中には、良い人もいれば、悪い人もいます。他のどの国民も同じことです。私たち自身にも欠点があります。もし、英国人の中に良いところがなかったのであれば、今日のように強大にはなれなかったはずです。彼らはやってきて、インドを搾取しました。これは、我々が内輪もめをしていたからであり、我々が自らを搾取されるままにしてしまったからです。
 神の世界では、純粋な悪というものは、決して栄えることがありません。悪魔が強い勢力を誇っているように見える場合でさえも、神が支配しておられるのです。なぜなら、神の許しがあって初めて悪魔は存在するものだからです。
 道徳的意識が皆無の人に対しては、サティヤーグラハ(真理を固持し、宣言すること=非暴力の闘争)は何の効力も発揮できないという人がいます。私は、この考えに反論します。最も頑なな心であっても、我々が真実で、十分な忍耐力を備えていれば、溶かせるに決まっています。サティヤーグラヒは、自らの命を捧げます。しかし、あきらめることはしません。これこそが、「行動か、さもなくば死を」のスローガンが意味することです。このスローガンは、「殺せ、さもなくば殺されよ」を意味してはいません。そのように言うことは、この本当の意味を意図的に歪曲し、変容させることになります。本当の意味は、我々は自らの義務を果たし、必要があれば、その義務を遂行する中で死なねばならないということです。殺すことをせずに死ぬことが、サティヤーグラヒの印です。もし、その理想に沿った生き方が我々にできていたならば、もう今は、スワラージ(自治・独立)を勝ち取っていたことでしょう。しかし、我々のアヒンサーは足が萎えています。松葉杖をついて歩いてきました。それでも、今の強さまで私たちを導いてくれました。1942年に何が起きたか、私は知っています。破壊活動や地下活動によって、この国は今の力を得たと、言われるかもしれません。42年の闘争において、破壊活動が、会議派の名の下に行われたことを否定することはできません。しかし、大衆が力を得たのはそのためであるという主張は、全くでたらめだと断言します。大衆が手にした力はどれも、徹頭徹尾、アヒンサー(非暴力)によるものです。その実践がどれほど不完全で、欠陥だらけだったとしても、アヒンサーによってもたらされたことなのです。我々自身が不完全ですから、我々のアヒンサーも不完全です。私のような不完全な人間が、提示したアヒンサーですから、不完全なのです。そうであれば、そのような不完全な器によってさえも、このような輝かしい成果をあげられるのであれば、完全のサティヤーグラヒの手になれば、どんなことでも達成できるはずです。
 1942年に我が国民は、大変な勇気を示しました。しかし、目標を達成するには、もっと大きな勇気が必要とされるでしょう。我々は、多くのことを為してきました。しかし、もっと多くのやるべきことが残されています。そのためには、忍耐、謙遜、とらわれない心を持つ必要があります。
A.I.C.Cでのスピーチ ボンベイにて 1946年7月7日

     One line from a song composed by the late Choudhary Rambhaj Dutt has always made a very deep appeal to me. It means:“We will never be defeated--nay, not even in death.” That is the spirit in which I expect you to approach this resolution. A satyagrahi knows no defeat.
     Nor would I expect a satyagrahi to say that whatever Englishmen do must be bad. The English are not necessarily bad. There are good men and bad men among the English people as among any other people. We ourselves are not free from defects. The English could not have risen to their present strength if they had not some good in them. They have come and exploited India, because we quarrelled amongst ourselves and allowed ourselves to be exploited.
     In God’s world unmixed evil never prospers. God rules even where Satan seems to hold sway, because the latter exists only on His sufferance.  Some people say that satyagraha is of no avail against a person who has no moral sense. I join issue with that. The stoniest heart must melt if we are true and have enough patience. A satyagrahi lays down his life, but never gives up. That is the meaning of the “Do or die”slogan. That slogan does not mean ‘Kill or be killed’. That would be wilful distortion and travesty of its true meaning. The true meaning is that we must do our duty and die in the course of performing it if necessary. To die without killing is the badge of a satyagrahi. If we had lived up to that ideal we would have won swaraj by now. But our ahimsa was lame. It walked on crutches. Even so it has brought us to our present strength.I know what happened in 1942. You will perhaps say that it was sabotage and underground activity that had brought the country to its present strength. It cannot be denied that sabotage activity was carried on in the name of the Congress during the 1942 struggle but I deny in toto that the strength of the masses is due to that. Whatever strength the masses have is due entirely to ahimsa however imperfect or defective its practice might have been. Our ahimsa was imperfect because we were imperfect, because it was presented to you by an imperfect being like myself. If then, even in the hands of imperfect instruments it could produce such brilliant results, what could it not have achieved in the hands of a perfect satyagrahi?
     In 1942 our people showed great valour. But greater valour will be required of us before our goal is reached. We have done much, but more remains to be done. For that we must have patience and humility and detachment.
SPEECH AT A. I. C. C. BOMBAY, July 7, 1946

2010年5月 3日 (月)

ユダヤ人問題について

 聖書で言うパレスチナとは、地理的な地域ではありません。それは、彼らの心に存在するものです。・・・宗教的行為は、銃剣や爆弾に助けられて行ってはならないのです。アラブ人の善意によってしか、彼らはパレスチナに定住することはできません。

 パレスチナにおけるアラブ・ユダヤ問題およびドイツでユダヤ人が迫害されていることについて私の見解を公にするように求める手紙を何通か受け取っております。この大変難しい問題についての私の考えを、ためらうことなく提示させていただきたいと思います。
 私の心はいつもユダヤ人の方々とともにあります。私は南アフリカでユダヤ人の方々と親しくさせていただきました。中には生涯の友となった人もいます。このような友人たちから私は、長年に渡るユダヤ人迫害についての多くを知ることとなりました。キリスト教における不可触民に彼らはなっています。キリスト教徒が彼らを扱うやり方は、ヒンズー教徒が不可触民を扱うやり方によく似ています。どちらの場合も宗教的制裁ということを引き合いに出して、彼らが被っている非人間的扱いが正当化されています。ですから、友情を抜きにしても、私がユダヤ人の方々を気の毒に思う共通の普遍的な理由もまた存在します。
 しかし、同情しているからと言って、正義という要件について私は盲目的になったりはしません。ユダヤ人の故国を求める要求は、私の心をそれほど動かしません。・・・彼らはどうして、地上のほかの民族のように、自分たちが生まれ、生活しているところを故郷としないのでしょうか?
 英国が英国人のものであり、フランスがフランス人のものであるように、パレスチナはアラブ人のものです。ユダヤ人をアラブ人に押しつけるのは、間違ったことですし、非人間的なことです。今日パレスチナで生じている事態は、どのような道徳的規範に照らしても、正当化できるものではありません。・・・誇り高きアラブ人を押し退けて、ユダヤ人の故国を部分的あるいは全体的に再建することは、間違いなく人道的意味から犯罪行為となりましょう。
 ユダヤ人がどこで生まれ育とうとも、そこで正当に扱われることを要求することこそ、気高いことと言えましょう。フランスで生まれたユダヤ人は、フランスで生まれたキリスト教徒がフランス人であるのと全く同じ意味で、フランス人です。ユダヤ人にはパレスチナ以外に故国がないとしても、彼らが今住んでいる別の地域から強性的に立ち退かされることをユダヤの人々は喜ぶでしょうか? あるいは、思いのままに滞在できる故郷を2ヶ所に持ちたいというのでしょうか? このように故国を求める声を上げているために、ユダヤ人を追放できるもっともらしい口実をドイツに与えてしまっています。
 しかし、ドイツによるユダヤ人の迫害は歴史に類を見ないもののようです。これまでのどの暴君といえども、ヒットラーほどひどくはありませんでした。ヒットラーは、宗教的熱狂に駆られて行動しています。彼は排他的で軍国主義的な新しい宗教を広めようとしています。そしてその美名の名の下に、そこでは、今後はどのような非人道的振る舞いも、賞賛されるべき人道的行為となるのです。・・・人道の名の下に、人道のためにと正当化されうるような戦争が仮にあるとすれば、人類全体がいわれのない迫害にさらされるのを防ぐために、ドイツに対して戦争をするのは、全く正当なのでしょう。しかし、私はどのような戦争も信じていません。そのような戦争の可否を論じることは、ですから、私の範疇外のことです。・・・
 人道主義のふりをする偽善や弱さという足かせがなければ、暴力はどれほど効果的に力を発揮するかを、ドイツは世界に示してくれています。・・・自尊心を維持し、絶望や見捨てられた孤立感を感じなくてすむ方法があるでしょうか? あると、私は申し上げたいのです。生ける神への信仰がある人なら、絶望したり、孤立感に陥る必要はありません。ユダヤ人にとってエホバは、キリスト教徒、イスラム教徒、ヒンズー教徒にとっての神以上に身近な神です。もっとも、実際のところは、神の実体はすべてに共通しており、神は誰にも頼らずに存在し、言葉では言い表せない存在です。しかし、ユダヤ人は、神に人格を付与し、彼らの行動のすべてを支配しておられると信じていますので、絶望を感じるはずがないのです。もし私がユダヤ人で、ドイツに生まれ、そこで生計を営んでいるとすれば、立派な異教徒のドイツ人が主張する以上に、ドイツが自分の故郷であると私は主張するでしょう。そして、私を撃ち殺すか、牢屋に放り込むかしたらよいと、言ってやることでしょう。私は追放されたり、差別的に扱われることは拒否します。そして、このようにするために、仲間のユダヤ人が私と一緒に市民的抵抗をしてくれるようになるまで待つのではなく、最終的には他の人たちも私の例に倣うようになると、私は確信することでしょう。もし1人のユダヤ人が、あるいはすべてのユダヤ人がここに挙げました処方箋を受け入れてくださるならば、その人あるいは彼らは、今よりもひどい状況になるはずがありません。自発的に苦難を耐え忍ぶことによって、彼らの内側が強められ、喜びがもたらされます。ドイツの外の世界でいくら多くの同情的決議をなしたところで、これをもたらすことはできません。実際、たとえ英国、フランス、アメリカがドイツに対して宣戦布告をしたところで、それによって心の内側に喜びや、強さをもたらすことはできません。ヒットラーの考え抜かれた暴力に鑑みれば、結局は、そのような宣戦布告に対する最初の応答として、ユダヤ人が広範囲に虐殺されることになるかもしれません。しかし、もしユダヤ人が自ら苦しみを引き受けられるよう、心の持ちようを変えるならば、私が今思い描いたような虐殺をも感謝と喜びの日に変えることができるでしょう。暴君の手に捕らえられていてもエホバは、この民族を救い出してくださったのです。神を畏れる人々にとっては、死も恐ろしいことでは全然ないのです。それは、喜びの眠りです。そして、長く眠っただけよりいっそう爽快になれる目覚めへと続きます。
 ・・・そして、南アフリカのインド人によるサティヤーグラハ(真理を宣言する非暴力不服従)運動において、まさにその模範例が存在するのです。そこでは、インド人はドイツでユダヤ人が置かれているのとまったく同じ状況におかれていました。ここでも、宗教に関係した迫害が行われていました。クリューガー大統領は、白人のキリスト教徒が神に選ばれた存在であり、インド人は劣った人種であり、白人に仕えるのがその務めであるとよく言っていました。トランスヴァール共和国憲法の基本的条項の中に、白人とアジア人を含めた有色人種の間が平等であってはならないという規定がありました。そこでもインド人は、ロケーションと表現されるゲットーの中に押し込められていたのです。その他にも、ドイツのユダヤ人とほぼ同様の困難さがありました。ほんの少数の存在であったインド人が、外部の世界からもインド政府からも支援を受けることなく、サティヤーグラハという手段で立ち上がりました。実際、イギリスの高官たちは、サティヤーグラハの闘士たちを説得して、彼らの計画を思いとどまらせようとしました。世界世論やインド政府が手を差し伸べるようになったのは、8年間の戦いを経てからです。しかも、その支援すらも、外交的な圧力によって得られたのであって、戦争という脅かしによってではありません。
 しかし、ドイツのユダヤ人は、南アフリカのインド人よりもはるかによい条件の下で、サティヤーグラハを展開することができます。ユダヤ人は、ドイツの中で小さくまとまった均一な集団です。南アフリカのインド人とは比較にならないほど才能豊かな方々です。しかも、彼らを支持する世界世論も形成されています。彼らの中から勇気と展望を持った人が立ち上がり、非暴力の行動へとユダヤ人を導くなら、絶望の冬が、瞬く間に希望の夏へと変わると、私は確信しています。そして、今日では下劣な人狩りとなってしまっていますが、丸腰の男女が落ち着き払って、しかも毅然とした抵抗を行う事態へと変えていくことができます。このような人々は、苦難を引き受ける強さを持っています。そしてその強さは、エホバによって与えられたものです。そして、これこそが非人間的男が引き起こした神不在の狂気に対する、本物の宗教的抵抗となります。ドイツ在住のユダヤ人の人々は、最終的にはドイツ人異教徒らに勝利を収めることになるでしょう。人間の尊厳を敬うようにドイツ人を変えていくことになるからです。このようなユダヤ人は、仲間のドイツ人に奉仕の手を差し伸べていることになります。知らず知らずのうちであろうとドイツという名に泥を塗っているドイツ人に対して、彼らこそ本物のドイツ人であることを証明することになります。
 さて、今度はパレスチナにいるユダヤ人に申し上げたいのですが、彼らが間違っていることに疑問の余地はありません。聖書で言うパレスチナとは、地理的な地域ではありません。それは、彼らの心に存在するものです。しかし、仮に彼らが彼らの故国として地理上のパレスチナを求めねばならないとしても、英国の銃を笠に着てそこに入っていくのは、間違っています。宗教的行為は、銃剣や爆弾に助けられて行ってはならないのです。アラブ人の善意によってしか、彼らはパレスチナに定住することはできません。彼らは、アラブ人の心を和らげるように努力すべきです。ユダヤ人の心を支配しておられる神と同じ神が、アラブ人の心を支配しておられるのです。彼らはアラブ人の前でサティヤーグラハを展開することができます。そして、小指一本を彼らに向けてあげることなしに、拳銃で撃たれたり、死海に投げ込まれたりするために自らを捧げることができます。そうすれば、彼らの宗教的な野望において、世界世論が彼らの味方についてくれることになるでしょう。英国の銃剣による支援を手離しさえすれば、アラブ人に納得してもらうやり方はいくらでもあります。ところが実際には、ユダヤ人は彼らに何の危害も加えていない人々を略奪することにおいて、英国の共謀者になってしまっています。
 私は、アラブの過激派を擁護しているのではありません。彼らが自分たちの国を不当に侵略されたとみなしているのは、正しいことですが、それに抵抗するのに、非暴力のやり方を選んでくれていたらと残念です。しかし、正邪についての一般に受け入れられている規範に従えば、圧倒的な強敵を前にしてのアラブ人の抵抗を非難するようなことは言えません。
 選ばれた民であると主張するユダヤ人の方々には、地上での彼らの立場を弁明するのに、非暴力のやり方を選ぶことで、彼らにその権利があることを立証してもらいたいものです。パレスチナを含めて、どの国でも彼らの故国です。ただし、侵略によってではなく、愛の奉仕によってそうなるのです。ユダヤ人の友人が、セシル・ロスの書いた「ユダヤ人による文明への貢献」という本を送ってくれました。世界の文学、芸術、音楽、演劇、科学、医学、農学においてユダヤ人がなした功績が記録されており、彼らによって世界がどれほど豊かになったかがわかります。意志さえあれば、ユダヤ人は、西洋社会の賤民として扱われたり、軽蔑されたり、あるいは庇護されたりすることを拒否することができます。人間であること、つまり神によって選ばれ創造された者であることによって、世界の注目と尊敬を集めることができます。どんどん野獣へと堕ちていき、神から見捨てられるような人になることによってではありません。これまでなしてきた彼らの様々な貢献に加えて、さらにもっと素晴らしい非暴力の行動という貢献を彼らはなすことができます。
Harijan, 26-11-1938

THE JEWS
     Several letters have been received by me asking me to declare my views about the Arab-Jew question in Palestine and the persecution of the Jews in Germany. It is not without hesitation that I venture to offer my views on this very difficult question.
     My sympathies are all with the Jews. I have known them intimately in South Africa. Some of them became life-long companions.  Through these friends I came to learn much of their age-long persecution. They have been the untouchables of Christianity. The parallel between their treatment by Christians and the treatment of untouchables by Hindus is very close. Religious sanction has been invoked in both cases for the justification of the inhuman treatment meted out to them. Apart from the friendships, therefore, there is the more common universal reason for my sympathy for the Jews.
     But my sympathy does not blind me to the requirements of justice. The cry for the national home for the Jews does not make much appeal to me.... Why should they not, like other peoples of the earth, make that country their home where they are born and where they earn their livelihood?
     Palestine belongs to the Arabs in the same sense that England belongs to the English or France to the French. It is wrong and inhuman to impose the Jews on the Arabs. What is going on in Palestine today cannot be justified by any moral code of conduct.... Surely it would be a crime against humanity to reduce the proud Arabs so that Palestine can be restored to the Jews partly or wholly as their national home.
     The nobler course would be to insist on a just treatment of the Jews wherever they are born and bred. The Jews born in France are French in precisely the same sense that Christians born in France are French. If the Jews have no home but Palestine, will they relish the idea of being forced to leave the other parts of the world in which they are settled? Or do they want a double home where they can remain at will? This cry for the national home affords a colourable justification for the German expulsion of the Jews.
     But the German persecution of the Jews seems to have no parallel in history. The tyrants of old never went so mad as Hitler seems to have gone. And he is doing it with religious zeal. For he is propounding a new religion of exclusive and militant nationalism in the name of which any inhumanity becomes an act of humanity to be rewarded here and hereafter.... If there ever could be a justifiable war in the name of and for humanity, a war against Germany, to prevent the wanton persecution of a whole race, would be completely justified. But I do not believe in any war. A discussion of the pros and cons of such a war is therefore outside my horizon or province....
     Germany is showing to the world how efficiently violence can be worked when it is not hampered by any hypocrisy or weakness masquerading as humanitarianism.... Is there a way to preserve their self-respect, and not to feel helpless, neglected and forlorn? I submit there is. No person who has faith in a living God need feel helpless or forlorn. Jehovah of the Jews is a God more personal than the God of the Christians, the Mussalmans or the Hindus, though, as a matter of fact in essence, He is common to all and one without a second and beyond description. But as the Jews attribute personality to God and believe that He rules every action of theirs, they ought not to feel helpless. If I were a Jew and were born in Germany and earned my livelihood there, I would claim Germany as my home even as the tallest gentile German may, and challenge him to shoot me or cast me in the dungeon; I would refuse to be expelled or to submit to discriminating treatment. And for doing this, I should not wait for the fellow Jews to join me in civil resistance but would have confidence that in the end the rest are bound to follow my example. If one Jew or all the Jews were to accept the prescription here offered, he or they cannot be worse off than now. And suffering voluntarily undergone will bring them an inner strength and joy which no number of resolutions of sympathy passed in the world outside Germany can. Indeed, even if Britain, France and America were to declare hostilities against Germany, they can bring no inner joy, no inner strength. The calculated violence of Hitler may even result in a general massacre of the Jews by way of his first answer to the declaration of such hostilities. But if the Jewish mind could be prepared for voluntary suffering, even the massacre I have imagined could be turned into a day of thanksgiving and joy that Jehovah had wrought deliverance of the race even at the hands of the tyrant. For to the godfearing, death has no terror. It is a joyful sleep to be followed by a waking that would be all the more refreshing for the long sleep.
    .... And they have in the Indian satyagraha campaign in South Africa an exact parallel. There the Indians occupied precisely the same place that the Jews occupy in Germany. The persecution had also a religious tinge. President Kruger used to say that the white Christians were the chosen of God and Indians were inferior beings created to serve the whites. A fundamental clause in the Transvaal constitution was that there should be no equality between the whites and coloured races including Asiatics. There too the Indians were consigned to ghettos described as locations. The other disabilities were almost of the same type as those
of the Jews in Germany. The Indians, a mere handful, resorted to satyagraha without any backing from the world outside or the Indian Government. Indeed the British officials tried to dissuade the satyagrahis from their contemplated step. World opinion and the Indian Government came to their aid after eight years of fighting. And that too was by way of diplomatic pressure not of a threat of war.
     But the Jews of Germany can offer satyagraha under infinitely better auspices than the Indians of South Africa. The Jews are a compact, homogeneous community in Germany. They are far more gifted than the Indians of South Africa. And they have organized world opinion behind them. I am convinced that if someone with courage and vision can arise among them to lead them in non-violent action, the winter of their despair can in the twinkling of an eye be turned into the summer of hope. And what has today become a degrading man-hunt can be turned into a calm and determined stand offered by unarmed men and women possessing the strength of suffering given to them by Jehovah. It will be then a truly religious resistance offered against the godless fury of dehumanized man. The German Jews will score a lasting victory over the German gentiles in the sense that they will have converted the latter to an appreciation of human dignity. They will have rendered service to fellow-Germans and proved their title to be the real Germans as against those who are today dragging, however unknowingly, the German name into the mire.
     And now a word to the Jews in Palestine. I have no doubt that they are going about it the wrong way. The Palestine of the Biblical conception is not a geographical tract. It is in their hearts. But if they must look to the Palestine of geography as their national home, it is wrong to enter it under the shadow of the British gun. A religious act cannot be performed with the aid of the bayonet or the bomb. They can settle in Palestine only by the goodwill of the Arabs. They should seek to convert the Arab heart. The same God rules the Arab heart who rules the Jewish heart. They can offer satyagraha in front of the Arabs and offer themselves to be shot or thrown into the Dead Sea without raising a little finger against them. They will find the world opinion in their favour in their religious aspiration. There are hundreds of ways of reasoning with the Arabs, if they will only discard the help of the British bayonet. As it is, they are co-sharers with the British in despoiling a people who have done no wrong to them.
     I am not defending the Arab excesses. I wish they had chosen the way of non-violence in resisting what they rightly regarded as an unwarrantable encroachment upon their country. But according to the accepted canons of right and wrong, nothing can be said against the Arab resistance in the face of overwhelming odds.
     Let the Jews who claim to be the chosen race prove their title by choosing the way of non-violence for vindicating their position on earth. Every country is their home including Palestine not by aggression but by loving service. A Jewish friend has sent me a book called The Jewish Contribution to Civilization by Cecil Roth. It gives a record of what the Jews have done to enrich the world’s literature, art, music, drama, science, medicine, agriculture, etc. Given the will, the Jew can refuse to be treated as the outcaste of the West, to be despised
or patronized. He can command the attention and respect of the world by being man, the chosen creation of God, instead of being man who is fast sinking to the brute and forsaken by God. They can add to their many contributions the surpassing contribution of non-violent action.
SEGAON, November 20, 1938
Harijan, 26-11-1938

2010年3月28日 (日)

「罰」を与える国家の暴力をガンジーは容認していたか?

 『ガンディーからの<問い>』(中島岳志著・NHK出版・2009年)という本で、著者は、ガンジーのヒンド・スワラージ(邦訳では、『真の独立への道』・岩波文庫)から次の文を引用しています。「私が罰を恐れて盗みをしないとします。罰の恐れがなくなったら、盗みをしたい気持ちになりますし、盗みをするでしょう。これはごく普通に経験されることです」(『真の独立への道』p.97)。そして、これを根拠に、「ガンディーは「罰の恐れ」を国民に敷衍することが、犯罪防止に役立つことを認めています。つまり、「罰」を与える国家の暴力を、正義の実現の手段として容認しています」(『ガンディーからの<問い>』p.58)と結論付けています。
 しかし、ヒンド・スワラージを読み進めていくと、どうもそうではなさそうです。「また盗みにやって来た。・・この人(泥棒)は病人だと思った。・・品物をすぐに持って行けるようにしておいた。・・泥棒はやって来た。びっくりしてしまった。・・後悔して、あなたに許しを請うた。・・泥棒稼業を止めた。・・・いつもではありませんが、ほとんどの場合、武器の力より慈悲の力がもっと強力です」(『真の独立への道』pp.103-104)とあるからです。
 人々が罰を恐れて盗みをしないというのが、一般的な傾向であるとしても、だから罰を与えるというのではなく、泥棒は病人であると考えて、病気を治すような慈悲の働きかけが必要だと、ガンジーは主張しているのです。
 同様の主張をガンジーの言葉から拾ってみました。

非暴力の独立したインドでは、犯罪は存在しても、犯罪者は存在しません。ですから、罰を受けるということもありません犯罪は他の病気一般と同様に、病気なのです。そして、現在の社会制度の産物であります。ですから、殺人も含めたあらゆる犯罪は、病気として扱われることになります。そのようなインドが実現可能かどうかは、また別の問題です。
A. In independent India of the non-violent type, there will be crime but no criminals. They will not be punished. Crime is a disease like any other malady and is a product of the prevalent social system.  Therefore, all crime including murder will be treated as a disease.  Whether such an India will ever come into being is another question.
Harijan, 5-5-1946

彼らも、私たちと同じ人間です。我々も、彼らの立場にあったなら、同じことをしているかもしれません。人間は、状況に打ち勝てるほど強くはありません。状況が、行動を決めているのです。ですから、このことについて、彼らを責めてはいけない気がするのです。
They are human beings like us and perhaps we would be doing the same things that they are doing if we had been in their position. Man does not have the strength to fight circumstances; the latter mould his actions. Hence I do not feel that they are to be blamed for this.
Navajivan, 23-3-1930