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宗教

2012年8月 9日 (木)

本物の叡智

8月9日は長崎に原爆が落とされた日です。
原爆に言及したガンジーの言葉(mkgandhi.orgのサイト)から、一部日本語に訳しました。

東洋の賢者たち
最初に登場したのは、ゾロアスターでした。彼は東洋に属します。そして、仏陀が現れましたが、彼もまた東洋であるインドに誕生しました。仏陀の次は誰でしょうか? イエスがやはり東洋に生まれました。イエスの前にはモーセがいました。モーセはエジプト生まれではありますが、パレスチナに属しています。イエスの後には、モハメッドが登場します。クリシュナやラーマなどその他の光り輝く存在には触れませんでしたが、彼らの輝きが劣っているわけではありません。しかし、彼らのことは書物を通じてそれほど知られてはいないので、触れなかったわけです。いずれにしても、アジアのこれらの賢者たちに匹敵するような人に一人として、私はこの世界でお目にかかっていません。そして何が起こったでしょうか? キリスト教は、西洋に伝わってゆがめられました。このように言わねばならず申し訳ないのですが…

アジアからのメッセージ
私が皆さんに理解してもらいたいのは、アジアのメッセージです。西洋の眼鏡を通して、あるいは原子爆弾を真似することで学べるものではありません。西洋に何かを伝えたいとすれば、愛及び真実のメッセージでなければなりません。… 民主主義のこの時代、貧しい中でも最貧の人々が目覚めつつあるこの時代だからこそ、この東洋のメッセージを最大限強調してもう一度伝えることができるのです。西洋を完全に征服することになるでしょう。搾取されてきたのだからと、報復することで征服するのではありません。本物の叡智によって征服するのです。これらの東洋の賢者たちが私たちに残してくれたメッセージの奥義を理解するのに、皆さんが頭だけではなく、心を合わせてくだされば、成功すると確信しています。そしてもし、我々が本当にこの偉大なメッセージに相応しいものとなれれば、西洋を征服することも完了するのです。このような征服なら、西洋の人々自身も喜んでくれるでしょう。

今日、西洋は智慧を慕い求めています。原爆を増やしていくことに嫌気がさしています。なぜなら、原爆は徹底的破壊を意味するからです。西洋だけでなく、全世界が破壊されてしまいます。まるで、聖書の預言が成就するようにです。そして、完全なる大洪水となるのです。この悪と罪にまみれた世界に、皆さんと私の師たちがアジアに教えてくれた遺産とはまさにこれであると、世界に伝えるのは皆さんなのです。
(H, 20-4-1947, pp. 116-17)

Wise Men Of The East
The first of these wise men was Zoroaster. He belonged to the East. He was followed by the Buddha who belonged to the East-India. Who followed the Buddha? Jesus, who came from the East. Before Jesus was Moses who belonged to Palestine though he was born in Egypt. After Jesus came Mohamed. I omit any reference to Krishna and Rama and other lights. I do not call them lesser lights, but they are less known to the literary world. All the same, I do not know a single person in the world to match these men of Asia. And then what happened? Christianity became disfigured when it went to the West. I am sorry to have to say that. I would not talk any further…

Message Of Asia
What I want you to understand is the message of Asia. It is not to be learnt through the Western spectacles or by imitating the atom bomb. If you want to give a message to the West, it must be the message of love and the message of truth…. In this age of democracy, in this age of awakening of the poorest of the poor, you can redeliver this message with the greatest emphasis. You will complete the conquest of the West not through vengeance because you have been exploited, but with real understanding. I am sanguine if all of you put your hearts together-not merely heads-to understand the secret of the message these wise men of the East have left to us, and if we really become worthy of that great message, the conquest of the West will be completed. This conquest will be loved by the West itself.

The west today is pining for wisdom. It is despairing of a multiplication of the atom bombs, because atom bomb mean utter destruction not merely of the West but of the whole world, as if the prophecy of the Bible is going to be fulfilled and there is to be a prefect deluge. It is up to you to tell the world of its wickedness and sin-that is the heritage your teachers and my teachers have taught Asia.
(H, 20-4-1947, pp. 116-17)

2012年1月27日 (金)

宗教を批判する前に

この世界に、その名に値する宗教が存在するならば、至る所に見られるこのように酷い悪が存在するはずはないと、彼らは主張します。これは、誤った見解です。工員が自分が使う道具に文句を言い、自分自身の欠点を見ようとしないことがよくあるように、自らの悪について考える代わりに、人は宗教そのものにいかさまの烙印を押すのです。そして、好きなように行動し、生活することを続けます。(M.K.ガンジー)

They argue that, if any religion worth the name existed in the world, the inordinate wickedness that is rampant all round would not be there. This is a mistaken view. As it is common for a workman to quarrel with his tools and not try to look for his own faults, so instead of thinking of the wickedness in themselves, men brand religion itself as humbug and go on acting and living as they please.
ETHICAL RELIGION-I INTRODUCTION Indian Opinion, 5-1-1907

2011年10月 2日 (日)

天罰ではない

ガンジーによるギータ講話 1926年4月17日
  
 生類は穀物で身を育て、穀物の生産は雨によって促され、雨は祭祀に応えて降り、祭司は伝統行事をとおして成立する ギータ3章14節
 『シュリマド・バガワッドギータ』(池田運訳・講談社出版サービスセンター)

 ヤジュナ(祭祀)を捧げても、時には雨が降らないことがある事実をどのように説明したらよいでしょうか? 結果というのは、原因の連鎖に従います。そのすべてが我々に見えるわけではありません。ヤジュナの他にも、多くの好都合な状況がないといけません。ある行為が必ずある結果をもたらさねばならないと、信じる根拠は何もないのです。以前その行為を出現させた際には、他に千もの要因が存在した可能性があります。
 どのような出来事や行為であっても影響を与えないものはありません。先の大戦の終わりにあった日本の地震(注:1923年の関東大震災)は、神の怒りの結果だったのでしょうか。○○氏の説明は、人が残酷になると、自然もそうなるというものでした。しかし、自然については、残酷という問いは成立しません。まったく公明正大なものについて、残酷と言うことがどうしてできましょうか。人は、自尊心からあらゆることを行います。しかし、神はそうではありません。神を残酷だと言うことは、人間に当てはめる物差しで、神を測っていることになります。達観的な無神論に至る考え方です。どうして神を人間にまで引きずりおろすことができましょうか。
 別の視点から見てみますと、神は確かに働いておられます。神は、生命と意識を授けてくださっているからです。常に働き、事を成しておられるのは神です。耳がなくても聞き、目がなくても見ておられます。地震は罪に対する罰かもしれないと考えるのは、正しいことではありません。それにまた、どうして我々は、地震が罰だと思わなければならないのでしょうか。ある国が罪に沈んでいて、神が救いたいと思われた場合、その目的で地震を起こすことがあるかもしれません。仮に私が、不道徳な行為をしたいと思っていて、それもひどく憎むべき行為であり、私がやろうとしていることを妨げるという目的で、神が蛇を遣わし、私に噛み付いた場合、このことは神の怒りとなるのでしょうか。神は私を救うためにこれをなされるのです。・・・同様に、王国を手に入れても、善良さによって手に入れた神聖な手柄に違いないと信じるべきではありません。神のやりり方は測り知れません。そのような疑問のすべてに答えを見つけようとすることには、恐れを抱くべきです。ただ、我々にはわからないと答えても良いのです。もちろん、我々は神の掟を知ることはできます。神が何を求めておられるかを尋ねる権利はあります。しかし、賢い人は、好奇心を抑制し、自己を実現するために必要なことだけを知ろうとします。その領域であっても、どこかで限度を設けるべきです。・・・神に賛美を捧げるために必要なことは知ってもかまいません。その目的を十分達成できたなら、その事柄についてそれ以上、好奇心を持たない方が良いのです。

April 17, 1926
     How do we explain the fact that sometimes yajna fails to produce rain?  An effect follows a chain of causes, all of which are not visible to us. Besides yajna, many other favourable circumstances have to be present. We have no ground for believing that a given action must always produce a given effect. There may have been a thousand other factors which had contributed to the appearance of that effect on a previous occasion.
     No event or action is without its effect. Was the earthquake in Japan at the end of the last war the result of Divine wrath? The explanation given by. . . was that when man becomes cruel, nature too may become so. There is, however, no question of cruelty on the part of nature. How can we regard anything which is pure justice as cruelty? Man does everything through pride. Not so God. To attribute cruelty to Him is to measure Him with a yardstick which we apply to human beings. This is the point of view which produced philosophical atheism. How can we turn God into a human being?  From another point of view, He certainly acts, for he bestows life and consciousness. It is He who is ever active and does everything, hears without ears and sees without eyes. It is not correct to believe that an earthquake may be punishment for sin. Why should we believe, either, that an earthquake is a punishment? If a nation is sunk in sin and God wants to save it, He might send an earthquake with that aim. If I wish to commit an immoral act, a most heinous one, and if God sends a snake to bite me in order to prevent me from doing what I intend, would that be His wrath? He does that in order to save me.... Similarly, we should not believe that possession of a kingdom is necessarily the reward of holy merit earned by our goodness. God’s ways are inscrutable. We should be afraid of answering all such questions. We may answer simply that we do not know. Of course, we can know God’s laws, we have a right to ask what they are. But a wise man restrains his curiosity and tries to know only as much as is necessary for attaining self-realization. Even in that sphere, there ought to be a limit somewhere.... We may know what is necessary for us in order to offer praise to God, and, having acquired enough for that purpose, we should have no more curiosity in such matters.

2008年11月 4日 (火)

社会主義と信仰

  社会主義において、真理とアヒンサー(不殺生・非暴力)が活気付く必要があります。神への生きた信仰があって初めてできることです。真理とアヒンサーをただ機械的に支持するだけでは、危機的な瞬間がくると挫けてしまう可能性が高いです。だから、私は、真理は神であると言ってきたのです。
 この神とは、生きた力です。我々の人生は、この力によるのです。その力は私たちの身体に宿っています。しかし、身体ではありません。この偉大な力を否定する人は、尽きることのない精神力が得られる可能性を放棄し、無力な状態にとどまることになります。このような人は、舵のない船のようなもので、波間に漂い、前進することなく消えて行きます。多くの人がこのような状態にあります。このような人の社会主義では、目的地にたどり着けません。大多数については、何をか言わんです。
 これが現状であるなら、どうして神を信じる社会主義者がいないのでしょうか。かりに、神を信じている社会主義者がいるのであれば、どうして何も達成できていないのでしょうか。神を信じる人は多くいます。それなのに、彼らはどうして、社会主義を実現できないでいるのでしょうか。
 これについて、うまい答えは見つかりません。しかしながら、神を信じる社会主義者には、社会主義と彼の信仰との間に接点があろうとは、思いもよらないのかもしれません。同様に、神を信じる人が、社会主義が必要だとは全く思ってこなかったのかもしれません。敬虔な男女がいるにもかかわらず、この世には迷信がはびこってきました。神を信じるヒンズー教で、不可触民の制度が最近まで疑うことのできない勢力を維持してきました。
 神の力とはどのようなものか、そしてこの無尽蔵の力そのものが、絶え間ない探求の対象でした。
 その探求の中で、サティヤーグラハ(真理の宣示:真理に基づいた非暴力抵抗運動)を発見することになります。しかし、サティヤーグラハのあらゆる法則がすでに明確になったと言っているわけではありません。私自身も、すべての法則を知っているとはいえません。しかし、価値ある目的は全てサティヤーグラハを通して達成できるということは、申し上げたいと思います。これは、最高のそして最も大きな可能性を持つ手段です。もっとも有効な武器なのです。社会主義が、これ以外の手段で実現されることはないと私は確信しています。
 サティヤーグラハによって、政治、経済、道徳のあらゆる領域における全ての悪を社会から取り除くことができます。
ニューデリー 1947年7月13日 グジャラート語より
ハリジャン、1947年7月20日

Socialism
Truth and ahimsa must come alive in socialism. This can only be possible when there is a living faith in God. Mere mechanical adherence to truth and ahimsa is likely to break down at the critical moment. Hence have I said that truth is God.
  This God is a living Force. Our life is of that Force. That Force resides in the body, but is not the body. He who denies the existence of that great Force denies to himself access to its inexhaustible power and thus remains impotent. He is like a rudderless ship which, tossed about here and there, perishes without making any headway. Many find themselves in this plight. The socialism of such people does not reach anywhere, what to say of the millions.
  If such be the case, why is there no socialist who believes in God? If there are such socialists why have they not made any progress? Also there have been many believing in God; why is it they have not succeeded in bringing socialism?
  There is no effective answer to this. Nevertheless, it is possible to say that it has perhaps never occurred to a believing socialist that there is any connection between his socialism and his belief in God.  Equally, men of God perhaps never felt any need for socialism.  Superstitions have flourished in the world in spite of godly men and women. In Hinduism which believes in God, untouchability has, till of late, held undoubted sway.
  The nature of this Divine Force and its inexhaustible power have been matters of incessant quest.
  My claim is that is the pursuit of that quest lies the discovery of satyagraha. It is not, however, claimed that all the laws of satyagraha have already been formulated. I cannot say either that I myself know all the laws. This I do assert that every worthy object can be achieved through satyagraha. It is the highest and the most potent means, the most effective weapon. I am convinced that socialism will not be reached by any other means.
  Satyagraha can rid society of all evils, political, economic and moral.
NEW DELHI, July 13, 1947
[From Gujarati]
Harijanbandhu, 20-7-1947