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非暴力

2015年3月27日 (金)

魂の力

インドが果たすべき使命は、他国とは異なっていると私は感じています。インドは、世界の中でも宗教心に熱い国です。この国が自主的に行ってきた浄化のプロセスは、世界の他に類を見ないものです。インドは、他国ほど金属の武器を必要としていません。神聖な武器で戦ってきましたし、これからもそうすることができます。他の国々は、野蛮な力を信奉してきました。ヨーロッパで行われている悲惨な戦いが、このことを如実に証明しています。インドは魂の力によって、これらすべてに打ち勝つことができます。魂の力の前では、野蛮な力は何の役にも立たなかった事例が、歴史の至る所にあります。詩人はそのことをうたい、賢者は、その経験を語っています。
I feel that India’s mission is different from that of others. India is fitted for the religious supremacy of the world. There is no parallel in the world for the process of purification that this country has voluntarily undergone. India is less in need of steel weapons, it has fought with divine weapons, it can still do so. Other nations have been votaries of brute force. The terrible war going on in Europe furnishes a forcible illustration of the truth. India can win all by soul force. History supplies numerous instances to prove that brute force is as nothing before soul force. Poets have sung about it and seers have described their experiences.
Speeches and Writings of Mahatma Gandhi, p. 405
vol.16 p116

2014年1月18日 (土)

チャルカ(糸車)・スワラージ(自治・独立)・アヒンサー(不殺生・非暴力)

 市民的不服中の気運が高まっている今、繰り返しになったとしても、チャルカ(糸車)とスワラージ(自治・独立)とアヒンサー(不殺生・非暴力)の間に切っても切れない関係があることを一つの記事にまとめてはどうかという提案がありました。喜んでそうすることにしましょう。
 糸車は大衆の希望であると私は思っています。人々はチャルカを失って、以前あったような自由を失いました。チャルカは村人の農業を補完してくれていましたし、尊厳を与えてくれる物でした。寡婦にとっては、友であり慰めでした。村人が手持ちぶさたにならないですんでいたのです。チャルカには、その前後に様々な仕事が付随していました。綿繰り、カード掛け、整経、糊付け、染色、機織りなどです。これによって、今度は村の大工や鍛冶屋が忙しく働いていました。チャルカによって、70万の村村が自立できていたのです。チャルカがなくなって、村の他の産業、たとえば油絞りなどもなくなっていきました。これらの産業に取って代わるものは何もありませんでした。そのため、村ではいろいろな仕事がなくなるとともに、創造的才能や、これらの産業のおかげで得ていた幾ばくかの収入もなくなってしまいました。
 同じように村の手工業が廃れてしまった他の国の例を持ち出しても、参考にはなりません。他国の村はその損失を補えるだけの利益を得ていました。一方で、インドの村人はほとんど何も得ていないのです。西洋の工業国は他国を搾取していました。インドは、搾取されている国です。ですから、村人がその真価を発揮したいなら、最も自然なことは、チャルカとそれが意味するすべてを取り戻すことです。
 チャルカを復活させるには、知性と愛国心を兼ね備えた献身的なインド人の一団が心を一つにして村の中でチャルカのメッセージを広め、意気消沈して輝きを失っている瞳に希望の光を灯すしかありません。つまり、大変な努力を傾けて協力し、正しい部類の成人教育を行うのです。チャルカが静かに、しかし確実に命を与える革命を引き起こすように、このことも静かであっても確かな革命をもたらします。
 チャルカの取り組みを20年続けてきて、ここまで私が述べてきたことに間違いはないと、私は確信するに至りました。チャルカは、貧しいヒンズー教徒にも、貧しいイスラム教徒にもほぼ同じ恵みをもたらしました。ほぼ5千万ルピーものお金が、面倒な手続きもなく、これら何百万もの村の芸術家たちの手に渡りました。
 チャルカによって様々な宗教に属する人々の立場でスワラージを勝ち取ることができると私はためらうことなく申し上げます。チャルカによって村が正しい位置を取り戻すことができ、上下の区別を廃止できます。
 しかし、この国が非暴力を信じないならば、チャルカによってスワラージを達成することはできませんし、一歩も前に進みません。ドキドキするようなことではないので、自由を希求する愛国者たちは、チャルカを見下しがちです。歴史の本に載っているチャルカをつまらなく眺めるだけです。自由を熱愛する人々は、外国の支配者と戦って倒すことを熱望しています。悪いのは全部相手であって、自分たちの中にある悪を見ようとしません。流血を経て自由を獲得した国々について語ります。チャルカは暴力を否定しているので、全く軟弱に思えるのです。
 1919年に、インドの自由を愛する人々は、スワラージへの唯一かつ確実な手段として、非暴力を、そして非暴力を象徴するものとしてチャルカを採用しました。1921年には、チャルカが国旗に堂々と描かれました。しかし、非暴力がインドの人々の心に深く根付くことはありませんでした。そして、チャルカも本領を発揮することはありませんでした。会議派の大半が非暴力を心から信じない限り、チャルカの真価が示されることはないでしょう。もし、彼らが心から非暴力を信じるなら、議論などせずとも、チャルカ以外に非暴力を象徴する物はあり得ないと、自ずと気づくことでしょう。そして、チャルカを広める以外に、非暴力を現していく手段はほかにないことにも気づくでしょう。非暴力が存在しないなら、非暴力不服従も存在しないのは当然のことです。私の主張は間違っているかもしれません。私があげた事例に誤りがあるかもしれません。しかし、私はこのように考えていますので、私がここで申し上げた条件が満たされていない以上、私は市民的不服従を宣言することができないのです。
Harijan, 13-4-1940 

CHARKHA-SWARAJ-AHIMSA
     A correspondent says now that civil disobedience is in the air, I must once more, even at the risk of repeating myself, summarize in a single article my argument showing that there is a vital connection between the charkha, swaraj and ahimsa. I gladly make the attempt.
     The spinning-wheel represents to me the hope of the masses.  The masses lost their freedom, such as it was, with the loss of the charkha. The charkha supplemented the agriculture of the villagers and gave it dignity. It was the friend and solace of the widow. It kept the villagers from idleness. For the charkha included all the anterior and posterior industries-ginning, carding, warping, sizing, dyeing and weaving. These in their turn kept the village carpenter and the blacksmith busy. The charkha enabled the seven hundred thousand villages to become self-contained. With the exit of the charkha went the other village industries, such as the oil-press. Nothing took the place of these industries. Therefore the villages were drained of their varied occupations and their creative talent and what little wealth these brought them.
     The analogy of the other countries in which too village handicrafts were destroyed will not serve us because, whereas the villagers there had some compensating advantages, India’s villagers had practically none. The industrialized countries of the West were exploiting other nations. India is herself an exploited country. Hence, if the villagers are to come into their own, the most natural thing that suggests itself is the revival of the charkha and all it means.
     This revival cannot take place without an army of selfless Indians of intelligence and patriotism working with a single mind in the villages to spread the message of the charkha and bring a ray of hope and light into their lustreless eyes. This is a mighty effort at cooperation and adult education of the correct type. It brings about a silent and sure revolution like the silent but sure and life-giving revolution of the charkha.
     Twenty years’ experience of charkha work has convinced me of the correctness of the argument here advanced by me. The charkha has served the poor Muslims and Hindus in almost an equal measure.  Nearly five crores of rupees have been put into the pockets of these lakhs of village artisans without fuss and tomtomming.
     Hence I say without hesitation that the charkha must lead us to swaraj in terms of the masses belonging to all faiths. The charkha restores the villages to their rightful place and abolishes distinctions between high and low.
     But the charkha cannot bring swaraj, in fact it will not move, unless the nation has faith in non-violence. It is not exciting enough.  Patriots yearning for freedom are apt to look down upon the charkha. They will look in vain to find it in history books. Lovers of liberty are fired with the zeal to fight and banish the foreign ruler. They impute all the vices to him and see none in themselves. They cite instances of countries having gained their freedom through seas of blood. The charkha devoid of violence seems an utterly tame affair.
     In 1919 the lovers of the liberty of India were introduced to non-violence as the only and sure means to swaraj and to the charkha as a symbol of non-violence. The charkha found its proud place on the national flag in 1921. But non-violence had not gone deep into the heart of India, and so the charkha never came into its own. It will never come into its own unless the vast body of Congressmen develop a living faith in non-violence. When they do so they will, without needing any argument, discover for themselves that there is no other symbol of non-violence than the charkha, and that without its universalization there will be no visible expression of non-violence. It is common ground that without non-violence there can be no nonviolent disobedience. My argument may be false, my data may be faulty. But, holding the views I do, let me proclaim that without fulfilment of the conditions prescribed by me I simply cannot declare civil disobedience.
SEVAGRAM, April 9, 1940
Harijan, 13-4-1940 
vol.78 pp.129-131

2012年8月15日 (水)

非暴力の民主国家

 

インド独立前夜、インドとパキスタンの分離を巡って暴力が吹き荒れるときに、非暴力の民主的な国は、一人一人が実現するものであることを述べた。祈りの集会でのガンジーのスピーチより(1947年7月)

自分たちの国は民主国家だと表明する国が今はあります。しかし、当然のことですが、そう宣言するだけで民主的になるわけではありません。人民による統治が存在するのであれば、どうして軍隊が必要でしょうか? 軍隊が統治していれば、人民による統治は不可能です。軍隊が統治する国による世界連合などあり得ません。ドイツや日本の軍時独裁政権は、さまざまな国を自分たちの友好国に迎え入れようとしました。しかし、そのようにだましても長続きはしませんでした。・・・

 ・・・我々の非暴力は弱者の非暴力にすぎませんでした。しかし、現実問題として、弱さと非暴力は両立できません。ですから、非暴力というよりも、むしろ受動的抵抗と呼ぶべきです。・・・受動的抵抗は、能動的な武力による抵抗への備えとなります。結果として、人々の心の中にあった暴力が、今、現実に噴出しているのです。

 我々の受動的抵抗といえども、完敗したわけではありません。自由をほぼこの手に納めています。今日我々が目にする暴力は、臆病者の暴力です。勇敢な暴力というものも存在します。4、5人の男が戦って、剣で殺されるなら、そこには暴力が存在しますが、その暴力は勇気ある暴力です。しかし、1万人の軍人が、非武装のある村を襲い、妻子ともども村人たちを殺戮するなら、これは臆病者の暴力です。アメリカは日本に原爆を落としました。これは臆病者の暴力でした。勇気ある非暴力であれば、見る価値があります。そのような非暴力を生きているうちに目にしたいものです。そのためには、内なる強さを持つ必要があります。これこそ比類なき武器です。その美が人々にわかっていたなら、この間、失われた命や財産は、どれも失われはしなかったでしょう。

 私は過去32年間、人々に伝えようとした非暴力の教えを、人々が学んでいたなら、今日のような食料や衣類の配給も必要なかったでしょう。食べ物や衣類を賢く食べたり、使ったりしていたなら、どちらもインドで不足するはずがありません。人々が誠実に生き、互いに助け合うなら、役所に頼る必要もなくなるでしょう。・・・公務員は、自らを人民の僕とは思っていませんし、人民に奉仕するために雇われているわけでもありません。外国の統治を何とか維持していくために、存在しています。役場につめたまま、命令を出しては、手下に伝えさせています。もし、我々が自分たちの足で立つことを知り、役所に頼ることをやめるなら、配給も役所も今のインドに必要ありません。確かに行政を動かすのにある種の公務員は必要です。やがて、公務員が変化して、人に奉仕するために仕事をするようになるなら、その時、真に民主的な体制が出現するのです。

 

2011年9月24日 (土)

糸車・独立・非暴力

 市民的不服従の機運が高まっているこの時に、今一度、繰り返しになったとしても、糸車と独立と非暴力とが、どれほど密接に関係しているかを、一つの記事の中で簡潔に述べる必要があるのではないかと言ってくださる方がありました。私は喜んで、そうしてみたいと思います。
 糸車は私にとっては、大衆の希望です。大衆は、糸車を失った時に、ささやかな自由を失ってしまいました。糸車は、村人たちにとっては、農業を補ってくれるものでした。そして、尊厳を得ていました。寡婦にとっては、友であり、慰めでした。これがあったおかげで、村人たちは怠惰にならずにすんでいました。糸車に付随して、その前後にたくさんの作業があったからです。綿繰り、綿梳き、整経、糊付け、染織などです。さらには、村の大工や鍛冶屋も忙しく働くことになりました。糸車のおかげで、70万の村々が、自給自足できていました。糸車がなくなって、搾油などの村の他の産業も消えていきました。これらの産業に代わるものは何もありませんでした。そのため村々はいろいろな仕事を失ってしまって、創造的な能力も、これらの仕事によって得ていたささやかな富もなくしてしまったのです。
 村の手工業が破壊されてしまった他の国々と比べてみても、我々には意味がありません。と言いますのも、他の国の村人たちは、失ったものを埋め合わせることができたからです。インドの村人たちには、何もありません。西洋の工業国は、他の国々を搾取していました。インドは、搾取された国です。ですから、村人たちは、独立したなら、最も自然なこととしては、糸車とその意味することのすべてを取り戻すことになるわけです。
 このように甦らせていくためには、知性があって愛国心にあふれたインド人が一丸となって無私の働きをしていくことが必要です。村の中で糸車のメッセージを広め、村人たちの生気のない目に一条の希望の光を灯す活動が必要なのです。これは、協力という壮大な取り組みであり、本来の成人教育でもあります。ひっそりとしていても、確実に命を与える糸車の革命となりましょう。
 20年間、糸車の活動に取り組んできた経験から、ここで私が述べてきたことが正しいことを私は確信しています。糸車は、貧しいイスラム教徒にもヒンズー教徒にも同じように助けとなります。5000万ルピーに近い金額が、あれこれ煩うこともなく、これら本当に大勢の村の職人たちの手に、分配されたのです
 ですから、いろいろな宗教に属する大衆の立場での独立を達成するには、糸車しかないと、私はためらうことなく言います。糸車によって、村はふさわしい地位を回復し、高い、低いの区別をなくすことができます。
 しかし、この国が非暴力を信じない限り、糸車によって独立を達成することはできません。実際、どこにも行けません。糸車は、それほど、興奮をそそられることではありません。自由を求めてやまない愛国者たちは、糸車を見下す傾向があります。彼らは、歴史の本の中にある糸車をむなしく眺めるだけです。自由を愛する人たちは、外国の支配者と戦って彼らを追い払うのだという熱い思いに燃えています。悪いことはすべて支配者のせいにしています。そして、自分たちの欠点はいっさい見ようとしません。彼らは、血の海を経て自由を獲得した国々の例を引き合いにだします。暴力に無縁の糸車は、彼らには実に単調に見えます。
 1919年にインドの自由を愛する人々に、独立への唯一確実な手段として非暴力が、そして非暴力のシンボルとして、糸車が紹介されました。1921年には、糸車が国旗の中に誇り高く描かれました。しかし、非暴力はインドの心に深く根付くことはありませんでした。そして、糸車も本領を発揮できませんでした。会議派の大多数が非暴力を心から信じない限り、本領を発揮することはないでしょう。彼らが本気で信じれば、もう議論する必要もなく、糸車以外に非暴力のシンボルはないことに、自分で気づくことでしょう。そして、糸車を普及させなければ、非暴力を見える形で表現できないことにも気づくはずです。非暴力がなければ、非暴力の不服従も存在しえないことは、共通の認識です。私の主張が間違っているかもしれません。私のデータは不完全かもしれません。しかし、私はこのように考えていますので、私が述べてきました条件が完全に整わない限り、私は、市民的不服従を宣言することができないのです。
ハリジャン1940年4月13日

CHARKHA-SWARAJ-AHIMSA
     A correspondent says now that civil disobedience is in the air, I must once more, even at the risk of repeating myself, summarize in a single article my argument showing that there is a vital connection between the charkha, swaraj and ahimsa. I gladly make the attempt.
     The spinning-wheel represents to me the hope of the masses.  The masses lost their freedom, such as it was, with the loss of the charkha. The charkha supplemented the agriculture of the villagers and gave it dignity. It was the friend and solace of the widow. It kept the villagers from idleness. For the charkha included all the anterior and posterior industries--ginning, carding, warping, sizing, dyeing and weaving. These in their turn kept the village carpenter and the blacksmith busy. The charkha enabled the seven hundred thousand villages to become self-contained. With the exit of the charkha went the other village industries, such as the oil-press. Nothing took the place of these industries. Therefore the villages were drained of their varied occupations and their creative talent and what little wealth these brought them.
     The analogy of the other countries in which too village handicrafts were destroyed will not serve us because, whereas the villagers there had some compensating advantages, India's villagers had practically none. The industrialized countries of the West were exploiting other nations. India is herself an exploited country. Hence, if the villagers are to come into their own, the most natural thing that suggests itself is the revival of the charkha and all it means.
     This revival cannot take place without an army of selfless Indians of intelligence and patriotism working with a single mind in the villages to spread the message of the charkha and bring a ray of hope and light into their lustreless eyes. This is a mighty effort at cooperation and adult education of the correct type. It brings about a silent and sure life-giving revolution of the charkha.
     Twenty years' experience of charkha work has convinced me of the correctness of the argument here advanced by me. The charkha has served the poor Muslims and Hindus in almost an equal measure. Nearly five crores of rupees have been put into the pockets of these lakhs of village artisans without fuss and tomtomming.
     Hence I say without hesitation that the charkha must lead us to swaraj in terms of the masses belonging to all faiths. The charkha restores the villages to their rightful place and abolishes distinctions between high and low.
     But the charkha cannot bring swaraj, in fact it will not move, unless the nation has faith in non-violence. It is not exciting enough. Patriots yearning for freedom are apt to look down upon the charkha. They will look in vain to find it in history books. Lovers of liberty are fired with the zeal to fight and banish the foreign ruler. They impute all the vices to him and see none in themselves. They cite instances of countries having gained their freedom through seas of blood. The charkha devoid of violence seems an utterly tame affair.
     In 1919 the lovers of the liberty of India were introduced to non-violence as the only and sure means to swaraj and to the charkha as a symbol of non-violence. The charkha found its proud place on the national flag in 1921. But non-violence had not gone deep into the heart of India, and so the charkha never came into its own. It will never come into its own unless the vast body of Congressmen develop a living faith in non-violence. When they do so they will, without needing any argument, discover for themselves that there is no other symbol of non-violence than the charkha, and that without its universalization there will be no visible expression of non-violence. It is common ground that without non-violence there can be no nonviolent disobedience. My argument may be false, my data may be faulty. But, holding the views I do, let me proclaim that without fulfilment of the conditions prescribed by me I simply cannot declare civil disobedience.
SEVAGRAM, April 9, 1940
Harijan, 13-4-1940

2011年8月 7日 (日)

恒久平和を願って

 恒久平和が実現可能だと信じないのは、人間の中にある神的な存在を信じないということです。これまでのやり方がうまくいかなかったのは、そのために奮闘してきた人々の方に、もっとも根本にあるべき誠実さが欠けていたからです。これが欠けていることに気づいていたのでもありません。平和は、達成するための条件の一部を遂行するだけでは、手に入りません。化学反応であっても、それに必要な条件が全部揃わなければ、反応は起こりません。破壊の動力源を手元に握っている人類の指導者と目される人々が、それを使用することから完全に手を引くならば、その意味することを十分に知った上でそうするならば、恒久平和を達成できます。地上の大国が、その帝国主義の野望を捨てることをしなければ、これは全くできない相談です。魂を破壊する競争をよいことだと信じたり、欲望の拡大を望んだり、そして、それゆえ物質的な富の増大を願ったりすることをやめない限り、無理でしょう。私は確信しているのですが、悪の根源には、生ける神への生きた信仰の欠如ということがあります。人類にとって、これほどの悲劇はないのですが、イエスのメッセージを信じていると主張する地上の民族が、彼らはイエスのことを平和の君と呼んでいるのですが、そう主張する彼らが、実際の行動でその信じていることを見せてくれることがほとんどありません。まじめなクリスチャンの聖職者たちが、イエスのメッセージの及ぶ範囲を選ばれた個人にだけ限っているのを見るのは、心痛むことです。子供の頃から教えられてきましたし、実際の生活でもその正しさを試してきましたが、人にとって最も大切な美徳を、人類のもっとも卑しい者であっても養い育てることができます。この疑うことのできない普遍的な可能性こそ、人間が、神によって創造された他の生物と際だって異なっているところです。大国の一国であっても、手放すという最高の行為を無条件で実行するならば、私たちの多くが生きている間に、この地上に見える形で平和が実現するのを目にすることでしょう。
Harijan, 18-6-1938

     Not to believe in the possibility of permanent peace is to disbelieve the godliness of human nature. Methods hitherto adopted have failed because rock-bottom sincerity on the part of those who have striven has been lacking. Not that they have realized this lack. Peace is unattainable by part performance of conditions, even as a chemical combination is impossible without complete fulfilment of the conditions of attainment thereof. If the recognized leaders of mankind who have control over engines of destruction were wholly to renounce their use, with full knowledge of its implications, permanent peace can be obtained. This is clearly impossible without the great Powers of the earth renouncing their imperialistic design. This again seems impossible without great nations ceasing to believe in soul-destroying competition and to desire to multiply wants and therefore increase their material possessions. It is my conviction that the root of the evil is want of a living faith in a living God. It is a first-class human tragedy that peoples of the earth who claim to believe in the message of Jesus who they describe as the Prince of Peace show little of that belief in actual practice. It is painful to see sincere Christian divines limiting the scope of Jesus’ message to select individuals. I have been taught from my childhood and tested the truth by experience that the primary virtues of mankind are possible of cultivation by the meanest of the human species. It is this undoubted universal possibility that distinguishes the humans from the rest of God's creation. If even one great nation were unconditionally to perform the supreme act of renunciation, many of us would see in our lifetime visible peace established on earth.
Harijan, 18-6-1938
vol.68 pp.209-210

2011年7月30日 (土)

浄化を促す運動

 ローラット法案が公表された時、人間の自由をあまりにも制限する法案なので、最大限の抗議をしなければならないと、私は感じました。..... しかも、つぶされてしまったり、暴力へと発展していかないように、これから行う運動には、明確な方向付けがなされなければならないということも、感じました。
 ですから私は思い切って、市民的抵抗の面を強調して、サティヤーグラハをこの国に提示しました。そして、これは純粋に自分の内面に向かい、浄化を促す運動ですので、4月6日の1日を、あらゆる仕事の手を休めて断食と祈りに捧げるように提案したのです。.....この提案を広めるためには、昨年の3月24日にマドラスで次のメッセージを公表することしかしませんでした。:
 「サティヤーグラハは、これまでに何度か集会で説明してきたように、本来、宗教的な行動です。心を浄め、悔い改める過程を言うのです。苦しみを自分で引き受けることで、改革を実現し、憤りの救済を目指すのです。....

     When the Rowlatt Bills were published, I felt that they were so restrictive of human liberty that they must be resisted to the utmost..... I felt, too, that the oncoming agitation needed a definite direction, if it was neither to collapse nor to run into violent channels.
     I ventured therefore to present satyagraha to the country, emphasizing its civil resistance aspect. And as it is purely an inward and purifying movement, I suggested the observance of fast, prayer and suspension of all work for one day--the 6th of April.....  I took no steps to further the idea beyond publishing the following message on the 24th March last at Madras:
     Satyagraha, as I have endeavoured to explain at several meetings, is essentially a religious movement. It is a process of purification and penance.  It seeks to secure reforms or redress of grievances by self-suffering....
CONGRESS REPORT ON THE PUNJAB DISORDERS  March 25, 1920
vol.20 pp.42-43

2011年7月29日 (金)

魂の力

 サティヤーグラハの闘士は、負けるということを知りません。疲れを知らずに、真理のために闘っているからです。闘いの中で命を落としても、それは救いの御業です。そして、刑務所は、自由に至る門です。
 サティヤーグラハは、魂の力とも呼ばれています。死が運動の停止ではなく、最高点であるというのを、サティヤーグラハの闘士が確信するには、内なる魂の存在をはっきりと確認する必要があります。身体は、自己を表現するための道具に過ぎません。身体があることで、相手が真理を悟る邪魔になっているのであれば、喜んで身体を手放します。この闘士の基盤が、この真理だからです。もし、相手の考えを変えることができるものがあるとすれば、それは、自分の身体を喜んで捧げることであるに違いないと、心から信じて、自分の身体を手放します。魂は、身体が朽ちてもなお存在し続けることを知っているので、真理が勝つのを、性急にも今の身体で見届けたいと思ったりはしません。実際、相手に真理を悟ってもらうためには、命を捧げることさえもできる、そこにこそ、勝利があるのです。サティヤーグラハの闘士が今現在、表明しているのが、この真理です。
 サティヤーグラハの闘士は、相手に危害を加えることは決してありませんし、いつも訴えかけています。やさしく諭すことで相手の理性に訴えかけたり、自らを犠牲にささげることで相手の心に訴えます。ですので、サティヤーグラハは二倍祝福されます。それを実践する人が祝福され、実践した相手も祝福されるからです。

     A satyagrahi does not know what defeat is, for he fights for truth without being exhausted. Death in the fight is a deliverance, and prison a gateway to liberty.
     It is called also soul-force, because a definite recognition of the soul within is a necessity if a satyagrahi is to believe that death does not mean cessation of the struggle but a culmination. The body is merely a vehicle for self-expression; and he gladly gives up the body, when its existence is an obstruction in the way of the opponent seeing the truth, for which the satyagrahi stands. He gives up the body in the certain faith if anything would change his opponent's view, a willing sacrifice of his body must do so. And with the knowledge that the soul survives the body, he is not impatient to see the triumph of truth in the present body. Indeed, victory lies in the ability to die in the attempt to make the opponent see the truth, which the satyagrahi for the time being expresses.
     And as a satyagrahi never injures his opponent and always appeals, either to his reason by gentle argument, or his heart by the sacrifice of self, satyagraha is twice blessed; it blesses him who practises it, and him against whom it is practised.
CONGRESS REPORT ON THE PUNJAB DISORDERS  March 25, 1920
vol.20 p.41

2011年6月28日 (火)

魂の力、受動的抵抗とは、

私が暴力に反対するのは、ただひたすら暴力が間違ったことであり、しかも効果がないからだとあなたは思っておられます。まさにそのとおりです。達成したい目的が間違っているから暴力に反対しているのではありません。目的とそれを達成する手段とを分離できると仮定しての話となりますが、それは無理だと私は思っています。暴力によって獲得した自治は、私が主張する手段で獲得した自治とは、全く異なるはずだと、私は確信しています。
 私は、勇気を出して、近代文明を徹頭徹尾批判してきました。その文明の精神が邪悪であるからです。・・・近代文明は、ヨーロッパだけにとどまってはいません。その影響は破竹の勢いで日本を席巻しています。そして、インドにも襲いかかってきています。・・・近代文明が与えてくれる生活も、そして古代文明の生活も経験してきた者として私は、「厳しい競争にさらされること、そして、物や華やかさ、さらには知的刺激によって」インド国民は立ち上がる必要があるとする主張に対しては、心から反対せざるを得ないのです。なぜなら、これらによって、道徳が一インチでも高められるはずはないからです。・・・
 「受動的抵抗」というのは、誤解を招くネーミングです。私がこれを使ってきたのは、それが何を意味しているかが一般的に知られているからです。・・・その根底にある原理は、暴力の原理とは正反対です。・・・暴力は、外的な方法で改革しようとします。受動的抵抗、つまり、魂の力は、内的な成長によって改革の実現を目指します。自らが苦しみ、自分を浄化することによってです。暴力は常に失敗します。受動的抵抗は必ず成功します。受動的抵抗者の闘いは、やはり、精神的闘いです。勝利を勝ち取る闘いだからです。勝利を勝ち取るために、つまり、自分を制御できるようになるために闘うしかないのです。受動的抵抗は、つねに道徳的で、決して残酷ではありません。どのような活動も、精神的なものも、そうでないものも含めて、この範疇に入らなければ、受動的抵抗では決してないのです。
 政治と、宗教あるいはスピリチュアルの間に、はっきりとした境界を定めるべきだとお考えなのでしょう。・・受動的抵抗では、政治と宗教の融合を追求しています。そして、行動の一つ一つを、倫理的基準に照らすようにと求めています。イエスが、魂の力を用いて、石をパンに変えることを拒んだことも、私の主張を裏付けています。今の近代文明は、この不可能な離れ業をしようとしています。魂の力を用いて石をパンに変えようとするなら、昔も今も、悪魔の呪術となってしまいます。さらに、ある行為が正しいか、間違っているかは、常に動機によってのみ判断できるとするあなたの主張にも、賛成できかねます。無知な母親は、純粋な動機から、子どもに阿片を投与するかもしれません。動機が純粋であっても、そのことでこの母親や母親の無知を治すことはできませんし、道徳的にも子供を殺した犯罪行為を取り消すことはできません。受動的抵抗者は、この原理を認識し、動機が純粋であっても、自分の行動が完全に間違っている場合もあると知っているので、判断は、至上の存在にゆだねているのです。悪だと思うことに抵抗する場合も、自分だけが苦しむことにしています。
 ・・・
 純粋な受動的抵抗者は、殉教者ぶったり、刑務所での処遇やその他の苦難について文句を言うことはできません。不正や不当な処遇を政治的に利用することも許されません。さらに、受動的抵抗について吹聴することなどもってのほかです。しかし、あらゆる行為が残念ながら、混じりあっています。もっとも純粋な受動的抵抗というのは、理論の上でしか存在できません。ご指摘くださった例外は、トランスバールのインド人の受動的抵抗者も、結局は、誤りを免れない、とても弱い人たちであることを示しています。しかし、指摘しておきたいのですが、彼らは、自分たちの行動をできるだけ純粋な受動的抵抗に近づけることを目標にしています。そして、闘争が進展するにつれて、純粋な精神性が、たしかに我々の中に立ち上がってきています。
 受動的抵抗者が皆、愛や真実の精神に燃えているわけではないことは、認めます。たしかに復讐や敵意の感情のとらわれている人もいます。しかし、我々皆が望んでいることは、憎しみや敵意から自らを癒していくことです。運動の新しさにひかれて、あるいは利己的な理由から受動的抵抗者になった人たちは、脱落していきました。自分が犠牲になっているふりをしてみても、長続きはしません。そのような人々は、決して受動的抵抗者ではなかったのです。・・兵士等の肉体的苦痛の方が、トランスバールの受動的抵抗者のそれよりもはるかにまさっていると主張されるのであれば、まさにその通りであると、私も同意します。しかし、自ら進んで火葬用の薪や煮えたぎる鍋の中に身を投じたことで世界的に知られている受動的抵抗者の犠牲は、名前を挙げられるどの兵士の犠牲にも、比較にならないくらい大きいのです。
 私はトルストイの代わりに話す振りはできませんが、彼の書いた物を読んでも、次のような考えにはいたりませんでした。力によって組織され、力に基づく機関、つまり政府をトルストイは冷徹に分析していますが、それにもかかわらず、世界全体が、達観した無政府状態で暮らせることをトルストイが期待し、夢想したとは思えないのです。私が思うに、トルストイが主張したことは、世界の偉大な師たちと同様に、全ての人が自らの内にある良心の声に従い、自分を律し、心の中から神の国を追求すべきだということです。トルストイにとって、彼の許しなしに彼を支配できる政府は存在しません。どのような政府もそのような人にはかないません。あるライオンが、無知から自分たちを羊だと思いこんでいる大多数のライオンに向かって、彼らは、羊ではなくてライオンだと教えてあげるのは、それほど危険なことなのでしょうか? 本当に無知なライオンの中には、事実を知っているライオンの主張に反論するものもいるでしょう。そのため、混乱することもあるでしょう。しかし、どれほど大きな無知に覆われていようとも、事実を知っているライオンが、じっと座っていたり、自らの尊厳、自由を分かちあわないかと仲間のライオンに呼びかけるのをやめておく必要はないでしょう。
LETTER TO W. J. WYBERGH May 10, 1910
Indian Opinion, 21-5-1910 

.....And I accept your proposition that I discourage violence only because I think it to be both wrong and ineffective, and not because the object sought to be attained is wrong, that is to say, if it were ever possible, which I hold it is not, to detach the object from the means adopted to attain it. I hold that Home Rule obtained by violence would be totally different in kind from that obtained by the means suggested by me.
     I have ventured utterly to condemn modern civilization because I hold that the spirit of it is evil.... Its activity is by no means confined to Europe. Its blasting influence is now being exhibited in full force in Japan. And it now threatens to overwhelm India.... I claim to have tested the life which modern civilization has to give, as also that of the ancient civilization, and I cannot help most strongly contesting the idea that the Indian population requires to be roused by “the lash of competition and the other material and sensuous, as well as intellectual, stimuli”; I cannot admit that these will add a single inch to its moral stature....
     I admit that the term “passive resistance” is a misnomer. I have used it because, generally speaking, we know what it means... The underlying principle is totally opposed to that of violence... The function of violence is to obtain reform by external means; the function of passive resistance, that is, soul-force, is to obtain it by growth from within; which, in its turn, is obtained by self-suffering, self-purification. Violence ever fails; passive resistance is ever successful. The fight of a passive resister is none the less spiritual because he fights to win. Indeed, he is obliged to fight to win, that is, to obtain the mastery of self. Passive resistance is always moral, never cruel; and any activity, mental or otherwise, which fails in this test is undoubtedly not passive resistance.
     Your argument tends to show that there must be complete divorce between politics and religion or spirituality... Passive resistance seeks to rejoin politics and religion and to test every one of our actions in the light of ethical principles. That Jesus refused to use soul-force to turn stones into bread only supports my argument. Modern civilization is at present engaged in attempting that impossible feat.  The use of soul-force for turning stones into bread would have been considered, as it is still considered, as black magic. Nor can I hold with you that motives alone can always decide the question of a particular act being right or wrong. An ignorant mother may, from the purest motives, administer a dose of opium to her child. Her motives will not cure her of her ignorance, nor, in the moral world purge her of the offence of killing her child. A passive resister, recognising this principle and knowing that, in spite of the purity of his motives, his action may be utterly wrong, leaves judgment to the Supreme Being, and, in attempting to resist what he holds to be wrong, suffers only in his own person.
     ....
     .. a pure passive resister cannot allow himself to be regarded as a martyr nor can he complain of the hardships of prison or any other hardships, nor may he make political capital out of what may appear to be injustice or ill-treatment, much less may he allow any matter of passive resistance to be advertised. But all action unfortunately is mixed. Purest passive resistance can exist only in theory. The anomalies you point out only emphasize the fact that the Indian passive resisters of the Transvaal are, after all, very fallible human beings and yet very weak, but I can assure you that their object is to make their practice correspond with pure passive resistance as nearly as possible, and, as the struggle progresses, pure spirits are certainly rising in our midst.
     I am free to admit also that all passive resisters are not fired with the spirit of love or of truth. Some of us are undoubtedly not free from vindictiveness and the spirit of hatred; but the desire in us all is to cure ourselves of hatred and enmity. I have noticed, too, that those who simply became passive resisters under the glamour of the newness of the movement or for selfish reasons have fallen away. Pretended self-suffering cannot last long. Such men never were passive resisters... If you say that physical sufferings of soldiers have vastly exceeded those of the Transvaal passive resisters, I agree with you entirly; but the sufferings of world-known passive resisters who deliberately walked into funeral pyres or into boiling cauldrons were incomparably greater than those of any soldier it is possible to name.
     I cannot pretend to speak for Tolstoy, but my reading of his works has never led me to consider that, in spite of his merciless analysis of institutions organised and based upon force, that is governments, he in any way anticipates or contemplates that the whole world will be able to live in a state of philosophical anarchy. What he has preached, as, in my opinion, have all world-teachers, is that every man has to obey the voice of his own conscience, and be his own master, and seek the Kingdom of God from within. For him there is no government that can control him without his sanction. Such a man is superior to all government. And can it be ever dangerous for a lion to tell a number of other lions who in their ignorance consider themselves to be merely lambs that they, too, are not lambs but lions?  Some very ignorant lions will no doubt contest the knowing lion's proposition. There will, no doubt, on that account be confusion also, but, no matter how gross the ignorance may be, it will not be suggested that the lion who knows should sit still and not ask his fellow-lions to share his majesty and freedom.
LETTER TO W. J. WYBERGH May 10, 1910
Indian Opinion, 21-5-1910 

2010年9月29日 (水)

「行動せよ、さもなくば死を!」の真意

「殺せ、さもなくば殺されよ」を意味してはいません。・・本当の意味は、我々は自らの義務を果たし、必要があれば、その義務を遂行する中で死なねばならないということです。

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 故チョーダリー・ラムバーイ・ダット氏が作られた詩にに、私の心をいつも深く動かす次の一節があります。「我々には、決して敗北はない。たとえ死んだとしても」というものです。これこそ、私がみなさんに期待する精神です。・・サティヤーグラヒ(サティヤーグラハを実行する人=非暴力の戦士)は、敗北という言葉を知りません。
 さらに、「英国人がやることはすべて悪に決まっている」などと、サティヤーグラヒには口にしてほしくはありません。英国人が必ずしも邪悪であるというわけではありません。英国人の中には、良い人もいれば、悪い人もいます。他のどの国民も同じことです。私たち自身にも欠点があります。もし、英国人の中に良いところがなかったのであれば、今日のように強大にはなれなかったはずです。彼らはやってきて、インドを搾取しました。これは、我々が内輪もめをしていたからであり、我々が自らを搾取されるままにしてしまったからです。
 神の世界では、純粋な悪というものは、決して栄えることがありません。悪魔が強い勢力を誇っているように見える場合でさえも、神が支配しておられるのです。なぜなら、神の許しがあって初めて悪魔は存在するものだからです。
 道徳的意識が皆無の人に対しては、サティヤーグラハ(真理を固持し、宣言すること=非暴力の闘争)は何の効力も発揮できないという人がいます。私は、この考えに反論します。最も頑なな心であっても、我々が真実で、十分な忍耐力を備えていれば、溶かせるに決まっています。サティヤーグラヒは、自らの命を捧げます。しかし、あきらめることはしません。これこそが、「行動か、さもなくば死を」のスローガンが意味することです。このスローガンは、「殺せ、さもなくば殺されよ」を意味してはいません。そのように言うことは、この本当の意味を意図的に歪曲し、変容させることになります。本当の意味は、我々は自らの義務を果たし、必要があれば、その義務を遂行する中で死なねばならないということです。殺すことをせずに死ぬことが、サティヤーグラヒの印です。もし、その理想に沿った生き方が我々にできていたならば、もう今は、スワラージ(自治・独立)を勝ち取っていたことでしょう。しかし、我々のアヒンサーは足が萎えています。松葉杖をついて歩いてきました。それでも、今の強さまで私たちを導いてくれました。1942年に何が起きたか、私は知っています。破壊活動や地下活動によって、この国は今の力を得たと、言われるかもしれません。42年の闘争において、破壊活動が、会議派の名の下に行われたことを否定することはできません。しかし、大衆が力を得たのはそのためであるという主張は、全くでたらめだと断言します。大衆が手にした力はどれも、徹頭徹尾、アヒンサー(非暴力)によるものです。その実践がどれほど不完全で、欠陥だらけだったとしても、アヒンサーによってもたらされたことなのです。我々自身が不完全ですから、我々のアヒンサーも不完全です。私のような不完全な人間が、提示したアヒンサーですから、不完全なのです。そうであれば、そのような不完全な器によってさえも、このような輝かしい成果をあげられるのであれば、完全のサティヤーグラヒの手になれば、どんなことでも達成できるはずです。
 1942年に我が国民は、大変な勇気を示しました。しかし、目標を達成するには、もっと大きな勇気が必要とされるでしょう。我々は、多くのことを為してきました。しかし、もっと多くのやるべきことが残されています。そのためには、忍耐、謙遜、とらわれない心を持つ必要があります。
A.I.C.Cでのスピーチ ボンベイにて 1946年7月7日

     One line from a song composed by the late Choudhary Rambhaj Dutt has always made a very deep appeal to me. It means:“We will never be defeated--nay, not even in death.” That is the spirit in which I expect you to approach this resolution. A satyagrahi knows no defeat.
     Nor would I expect a satyagrahi to say that whatever Englishmen do must be bad. The English are not necessarily bad. There are good men and bad men among the English people as among any other people. We ourselves are not free from defects. The English could not have risen to their present strength if they had not some good in them. They have come and exploited India, because we quarrelled amongst ourselves and allowed ourselves to be exploited.
     In God’s world unmixed evil never prospers. God rules even where Satan seems to hold sway, because the latter exists only on His sufferance.  Some people say that satyagraha is of no avail against a person who has no moral sense. I join issue with that. The stoniest heart must melt if we are true and have enough patience. A satyagrahi lays down his life, but never gives up. That is the meaning of the “Do or die”slogan. That slogan does not mean ‘Kill or be killed’. That would be wilful distortion and travesty of its true meaning. The true meaning is that we must do our duty and die in the course of performing it if necessary. To die without killing is the badge of a satyagrahi. If we had lived up to that ideal we would have won swaraj by now. But our ahimsa was lame. It walked on crutches. Even so it has brought us to our present strength.I know what happened in 1942. You will perhaps say that it was sabotage and underground activity that had brought the country to its present strength. It cannot be denied that sabotage activity was carried on in the name of the Congress during the 1942 struggle but I deny in toto that the strength of the masses is due to that. Whatever strength the masses have is due entirely to ahimsa however imperfect or defective its practice might have been. Our ahimsa was imperfect because we were imperfect, because it was presented to you by an imperfect being like myself. If then, even in the hands of imperfect instruments it could produce such brilliant results, what could it not have achieved in the hands of a perfect satyagrahi?
     In 1942 our people showed great valour. But greater valour will be required of us before our goal is reached. We have done much, but more remains to be done. For that we must have patience and humility and detachment.
SPEECH AT A. I. C. C. BOMBAY, July 7, 1946

2010年6月29日 (火)

祈りの週間(1946年4月6日のスピーチより)

人々は命を落としました。しかし我々は、すぐに自分たちの過ちを告白し、贖罪として断食をし、神に赦しを請うたのです。

 27年前の今日、ローラット法案に反対するサティヤーグラハの火蓋が切って落とされました。そして、その日から一週間で、歴史が作られました。インドで初めて、インド全土の民衆が一つになって立ち上がったのです。・・・私はこの奇跡の背後に、神の御手を感じました。
 その当時は、ヒンズー教徒もイスラム教徒も、あらゆる違いを当面は棚上げにしていました。アリ兄弟(イスラム教徒)と私は、本当の兄弟のように国中を遊説して回りました。・・・それ以来、我々は英国政府に対してではなく、ただ神に対してのみ祈る決意をしたのでした。そして、南アフリカで始まったサティヤーグラハが、インドでも誕生しました。4月13日に、丸腰の市民が銃撃されました。断食と祈りをして過ごす国民の日をもうけることに、アリ兄弟も二つ返事で賛同してくださいました。4月6日と13日に断食が行われました。皆が同じ一つの神の子どもであり、生を受けたこの場所、つまりインドで共に生き、共に死ぬ運命にあることに気づいたのです。・・・
 しかし、今や状況は変わりました。どこかで道を間違えてしまいました。ヒンズー教徒とイスラム教徒の心に、溝ができてしまいました。・・・
 もし、我々が祈りを信じているのであれば、互いを攻撃したり、相手を敵と見なすことなど、できるはずがないのです。アムリットサルの虐殺(集会中の市民に無差別の発砲が行われた)では、人々は命を落としました。しかし我々は、すぐに自分たちの過ちを告白し、贖罪として断食をし、神に赦しを請うたのです。過ちを犯すのが人間であれば、その罪を告白することで、過ちを前進するための踏台とすることができます。その反対に、自らの過ちを隠そうとする人々は、ペテン師となって沈んでいくのです。人は野獣ではありませんし、神でもありません。神が造られたものであって、神の栄光を顕すために励む存在です。悔い改めて、自らを浄めることが、そこへ至る手段となります。背信を悔い改めて、神に赦しを請うた瞬間に、我々は罪から浄められ、新しい人生が始まります。心から悔い改めるということが、祈りに不可欠の前提条件です。
 祈りは単なるリップサービスではありません。行動を通して表現されなければなりません。では、この断食と祈りの聖なる週に、我々はどのように祈るべきでしょうか? 宗教間の対立、敵意という汚れが我々の心に巣くっているのならば、それを取り除いて祈ることです。そうできるように神に助けを求めることもすべきでしょう。ですから、宗教間の融和を達成するのが、祈りの一つの形となります。その上で、非暴力の独立を達成するために糸紡ぎに奉仕することが、祈りとなります。1919年に、パンジャーブ州のあらゆる家から、ブーンブーンと糸車が回る音が聞こえてきていた時のことが、今でもありありと思い浮かびます。ある時、遊説中の私のところに、糸の山が届きました。後にも先にも、それほどの糸の山が届けられたことはないほどの量でした。・・・今、パンジャーブ州の女性たちは、何をしているのでしょうか? このことこそ、皆さんが、内省の時である今週、自らに問わねばならないのです。4億(当時のインドの人口)のインド人が、熱心に糸紡ぎに励むならば、自分のためではなく、神を心に迎えて捧げるために、非暴力を通してインドの自由を勝ち取るという共通の目標を胸に糸を紡ぐならば、皆さんの一致団結した取り組みによって、必ず自由がもたらされるでしょう。さらに、自由を得た後も、その自由を守る手段を我々に提供してくれることになるのです。そして、全世界に暗闇から抜け出す道を指し示すことになります。
 先日私はレッドフォートで、インド国民軍の兵士らに話をする機会がありました。除隊後は、何をしたらよいかを話し合ったのです。彼らは、除隊したら、国民会議派の旗の下、非暴力の本物の兵士としてインドのために尽くすと確約してくれました。私は彼らに言いました。「裸の人々に衣類を提供するために糸を紡ぎ、恐るべき飢饉に備えて食料を増産すべく大地を耕す人こそが、今日のインドの真の兵士である」と。会議派は、非暴力の手段でインドの独立闘争を行うと、宣言しています。しかし、今後起こるかもしれない外国の侵略から、インドが勝ち取った自由を守るためにも、非暴力のやり方を貫くべきかどうかは決めかねています。それでも、私にはわかりきった真理です。自由をすべての人と平等に分かちあうつもりであるのなら、つまり、身体的弱者、例えば足が不自由な方々とも分かち合うのであれば、このような人々も、その自由を守るために平等の貢献ができねばなりません。武力に頼っていて、どうしてそれができるでしょうか? 私の下等な頭では、理解できません。ですので、私は、非暴力が、つまり魂の力であるサティヤーグラハが最善であると、言っておりますし、これからもそう主張し続けるつもりです。非暴力であれば、肉体的な弱点が障害となることもありません。か弱い女性や子どもであっても、もっとも強大な武器で武装した巨大国家を相手に、対等に闘うことができます。
 糸車を中心に据えた18項目の建設的プログラムが、組織化された社会で、非暴力の精神を明確に表明することなのです。この国民の週に祈りの心をもって建設的仕事に邁進して、その精神を具現化しようではありませんか。
Harijan, 21-4-1946

257. SPEECH AT PRAYER MEETING, NEW DELHI1
April 6, 1946
     Twenty-seven years ago ...satyagraha against the Rowlatt Act was inaugurated on this day. History was made the following week. For the first time the entire masses of India from one end to the other rose like one man.... I could feel God's hand in this miracle.
     That was the time when Hindus and Muslims for the time forgot all their difference. The Ali Brothers4 and I used to go all over the country together like blood-brothers.... We resolved that thereafter we should address our prayers to God alone, instead of the British Government, and so satyagraha was born in India5 after it was first initiated in South Africa. On April 13, unarmed civilians were subjected to firing. The Ali Brothers readily fell in with the programme of a national day of fasting and prayer.  People fasted on the 6th and 13th of April. They realized that they were all children of the one God, destined to live together and die together in the land of their birth, which was India....
     But the situation has changed today. We have gone wrong somewhere. The hearts of Hindus and Muslims are sundered....
     If we believe in prayer, we cannot fly at one another's throat, or regard anybody as our enemy. At Amritsar people lost their heads. But we promptly confessed our mistake and made expiation for it by fasting and praying to God for foregiveness. To err is human. By confessing we convert our mistakes into stepping stones for advance.  On the contrary, a person who tries to hide his mistake becomes a living fraud and sinks down. Man is neither brute nor God but a creature of God striving to realize his divinity. Repentance and selfpurification are the means. The moment we repent and ask God for forgiveness for our lapse, we purged of our sin and new life begins for us. True repentance is an essential prerequisite of prayer.
     Prayer is not mere lip-service. It must express itself through action. How shall we then pray during the Sacred Week? We can pray by purging our hearts of any taint of communal hatred and ill will that might be lurking there and invoking God's aid for the same. Achievement of communal harmony would thus be one form of prayer. Then we can pray by doing sacrificial spinning for the attainment of non-violent swaraj. I have a vivid recollection of how in 1919 every home in the Punjab hummed with the music of the spinning-wheel. A mountain of yarn was presented to me on one occasion during my tour, which was never equalled before, nor has it been since,.... What are the sisters of the Punjab doing today? That is the question which you must ask yourselves during this week of introspection. If the four hundred millions of India took spinning in earnest, and span for sacrifice, i. e., not for self, with the name of God in their hearts and with common purpose of winning India’s freedom through nonviolence, their united effort would not only bring us freedom assuredly, but also provide us the means for safeguarding it after it is won, and enable us to point the way out of darkness to the whole world.
     The other day I was talking1 to the I. N. A. men in the Red Fort.  We were discussing as to what they should do on their release. They assured me that they would, on their release, serve India as true soldiers of non-violence under the Congress flag. I told them that today a true soldier of India is he who spins to clothe the naked, and tills the soil to grow more food to meet the threatening food crisis.  The Congress has declared that she would carry on the struggle for India’s independence through the method of non-violence. But she has not yet decided whether she would adhere to that method for the protection of that freedom against possible foreign aggression. To me it is a self-evident truth that if freedom is to be shared equally by all--even physically the weakest, the lame and the halt--they must be able to contribute an equal share in its defence. How that can be possible when reliance is placed on armaments, my plebeian mind fails to understand. I therefore, swear and shall continue to swear by nonviolence, i.e, by satyagraha or soul force. In it physical incapacity is no handicap and even a frail woman or a child can put herself or himself on equal terms against a giant, armed with the most powerful weapons.
     The eighteen-fold constructive programme with the spinningwheel as its centre is the concrete expression of that spirit in organized society. Let us realize that spirit by devoting ourselves prayerfully to the carrying out of the constructive programme during the National Week.
Harijan, 21-4-1946
vol.90 199-201

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