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2012年3月16日 (金)

恐れからでも、義務感からでもなく

ガンジーの著書 Ethical Religionより

職場に遅刻すると解雇されるかもしれないと恐れて早起きしたとしても、その私の行為には、道徳的なことは何もありません。同様に、私がたとえ質素で地味な生活をしていたとしても、そうする以外どうしようもないのであれば、その生活が道徳的なわけではありません。しかし、自分が裕福であるにもかかわらず、周囲のあらゆる欠乏や悲惨を心にとめて、快適でぜいたくな暮らしではなく、質素で地味な暮らしをする必要があると感じて、そのように暮らすのであれば、それは道徳的な行為です。同様に使用人に去られたら困るから、雇用主が彼らのことを心配したり、賃金を上げたりするのであれば、それは利己的な行いに過ぎません。道徳的行為ではありません。雇用主が、自分の繁栄がどれほど使用人たちのおかげであるかに気づいて、使用人の幸福を願い、彼らに親切にするなら、その行為は道徳的です。つまり、ある行為が道徳的であるためには、恐れからでも、義務感からでもなく、その行為がなされねばならないのです。(M.K.ガンジー)

There is no morality whatever in my act, if I rise early out of the fear that, if I am late for my office, I may lose my situation. Similarly there is no morality in my living a simple and unpretentious life if I have not the means to live otherwise. But plain, simple living would be moral if, though wealthy, I think of all the want and misery in the world about me -and feel that I ought to live a plain, simple life and not one of ease and luxury. Likewise it is only selfish, and not moral, of an employer to sympathize with his employees or to pay them higher wages lest they leave him. It would be moral if the employer wished well of them and treated them kindly realizing how we owed his prosperity to them. This means that for an act to be moral it has to be free from fear and compulsion. ETHICAL RELIGION-III CHAPTER III: WHAT IS MORAL ACTION? Indian Opinion, 19-1-1907

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