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2010年1月 3日 (日)

見習おう日本の侍を

 「資本家の側が自発的に余分なものを差し出して、その結果あらゆることで本物の幸せを手に入れる」

 最近ウッタール・プラデッシュ州を旅しましたが、そこでは、若い大地主や徴税請負人の何人かが簡素な生き方を取り入れ、愛国的な熱意に燃えて、小作農たちの負担を軽減しようとしていました。このような彼らの様子を見まして、これ以上に嬉しいことはありませんでした。大地主の多くが、残虐行為を働いているらしいという恐ろしい話を何度も聞かされていたからです。彼らが地租を取り立てるやり方は、合法的であろうとなかろうと、あらん限りの方法を用いて、小作農をただ単に農奴の身分に貶めてしまっていると聞かされていました。ですから、とても多くの若い徴税請負人のこのような態度に接することができたのは、私にとって嬉しい驚きでした。
 しかし、さらに、改善し、完全にしていく余地はまだ残されています。彼らのもっとも優れた人と比較しても、小作農との間には、まだ大きな溝が横たわっています。彼らは実行したほんの些細なことに対しても、恩着せがましさがいっぱいであり、自己満足に浸ってしまっているのです。しかし、何をするにしても、小作農らに彼らの取り分を返しただけのことです。それも遅きに失した返却です。これが事実なのです。ヴァルナ制度(カーストの母体)を忌まわしく誇張した結果、いわゆるクシャトリヤ階級が優越感を持つようになり、貧しい小作農は先祖代々の劣等な立場を自らに定められた運命として、あらがうことなく受け入れていくようになったのです。
 インドの社会が、平和な道筋に沿って本物の進歩をなしていくのであれば、有産階級の人たちに、次のように明確に認識してもらわねばなりません。つまり、小作農たちにも自分たちと同じ魂が宿っており、自分たちが富を所有しているとしても、そのことで貧しい人たちより優れているわけではないということをです。日本の貴族階級の人たちがやっているまさにそのように、自分たちを管財人と見なすべきです。すなわち、自分たちの被後見人である小作農らの利益をはかるためにこそ、富を所有しているのだと考えるのです。そうすれば、小作農の労働の手数料として妥当な金額を超える小作料を請求することはないでしょう。
 現在は、有産階級の人々の全く不必要な華やかさや贅沢と、小作農の汚らしい住居や終わりのない貧しさとが、全く釣り合っていません。そして、これらの小作農に囲まれて、有産階級の人々が暮らしているのです。ですから、大地主の鑑になるつもりであれば、すぐさま、小作農が今現在担っている負担の大部分を取り除いてあげるはずです。小作農と親しくつきあうようになり、彼らの要求を知り、彼らに希望を抱かせてあげることでしょう。彼らから命そのものを奪う絶望しかなかったところに、希望をもたらすのです。この人は、小作農が公衆衛生や健康管理に無知であることに満足しません。小作農が生活必需品を確保できるように、自ら清貧を貫くでしょう。この人は、自分の配下にいる小作農らの経済状況を学び、学校を設立し、自分の子どもと小作農の子どもを共に教育することでしょう。村の井戸や貯水池をきれいにし、小作農に、道路を掃き、トイレをきれいにすることを、自らがこの必要な労働をやるという手本を示すことで教えるでしょう。小作農らが自由に遠慮なく使えるように、自分の庭を開放するでしょう。この人は、自分の楽しみのために所有している不要な建物の大半を病院や学校などとして使用するようになるでしょう。資本家階級が、時代の徴候を読みとり、彼らの所有物すべてに対して神が与えた権利に関する考えを改めさえするならば、驚くほど短期間のうちに、今日村と呼ばれている70万の糞の山が、平和と健康とくつろぎの住処へと変貌を遂げることでしょう。
 資本家が日本の侍を見習うならば、失うものは実は何もなく、得ることばかりであると、私は確信しています。次の2つ以外に選択肢はありません。つまり、一方は、資本家の側が自発的に余分なものを差し出して、その結果あらゆることで本物の幸せを手に入れることであり、他方は、全くの混乱状態です。資本家が手遅れにならないうちに目覚めないならば、あるいは目覚めても事態がよく飲み込めないならば、この事態が差し迫っています。強力な政府が投入する軍隊の力を持ってしても回避できない混乱に、飢えた何百万もの人々が、この国を陥らせることになるでしょう。インドが、この災難をうまく回避できることを、私はずっと願っています。ウッタル・プラデッシュ州で若い徴税請負人の何人かと親しく会うことができ、その希望を強めることができました。
ヤング・インディア 1929年12月5日

     Nothing during the recent U.P. tour pleased me more than the way in which several young zamindars and talukdars had simplified their lives and fired by patriotic zeal were easing the burden of the ryots. I had heard fearful accounts of the alleged atrocities of many zamindars and their mode of levying cesses, legal and illegal, on all conceivable occasions with the result that the ryot was reduced to serfdom pure and simple. The discovery therefore of so many young talukdars was a very pleasant surprise to me.
     But the improvement has to go further and be thorough.  There is yet even among the best of them a wide gulf between themselves and the ryots. There is yet a great deal of patronizing and self-satisfaction over the little that has been done. The fact is that whatever may be done is no more than a belated return to the ryots of their due. The hideous caricature of varnashrama is responsible for the air of superiority that the so-called Kshatriya assumes and the status of inherited inferiority the poor ryot submissively recognizes as his deserved lot in life. If Indian society is to make real progress along peaceful lines, there must be a definite recognition on the part of the moneyed class that the ryot possesses the same soul that they do and that their wealth gives them no superiority over the poor. They must regard themselves, even as the Japanese nobles did, as trustees holding their wealth for the good of their wards, the ryots.Then they would take no more than a reasonable amount as commission for their labours. At present there is no proportion between the wholly unnecessary pomp and extravagance of the moneyed class and the squalid surroundings and the grinding pauperism of the ryots in whose midst the former are living. A model zamindar would therefore at once reduce much of the burden the ryot is now bearing, he would come in intimate touch with the ryots and know their wants and inject hope into them in the place of despair which is killing the very life out of them. He will not be satisfied with the ryots’ ignorance of the laws of sanitation and hygiene. He will reduce himself to poverty in order that the ryot may have the necessaries of life. He will study the economic condition of the ryots under his care, establish schools in which he will educate his own children side by side with those of the ryots. He will purify the village well and the village tank. He will teach the ryot to sweep his roads and clean his latrines by himself doing this necessary labour. He will throw open without reserve his own gardens for the unrestricted use of the ryot. He will use as hospital, school, or the like most of the unnecessary buildings which he keeps for his pleasure. If only the capitalist class will read the signs of the times, revise their notions of God-given right to all they possess, in an incredibly short space of time the seven hundred thousand dung-heaps which today pass muster as villages can be turned into abodes of peace, health and comfort. I am convinced that the capitalist, if he follows the Samurai of Japan, has nothing really to lose and everything to gain. There is no other choice than between voluntary surrender on the part of the capitalist of superfluities and consequent acquisition of the real happiness of all on the one hand, and on the other the impending chaos into which, if the capitalist does not wake up betimes, awakened but ignorant, famishing millions will plunge the country and which not even the armed force that a powerful Government can bring into play can avert. I have hoped that India will successfully avert the disaster. The privilege I had of meeting intimately some of the young talukdars in the U.P. has strengthened the hope.
Young India, 5-12-1929

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