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2009年5月28日 (木)

日本に対する非暴力の抵抗

 日本が我々の戸口に立っています。非暴力のやり方で、我々はどうすべきでしょうか。もし、インドが自由の国であれば、非暴力のやり方で、日本がこの国にはいるのを防ぐことができるでしょうに。そうであれば、日本軍が陸路侵入するや、非暴力の抵抗を始められるのですが・・。そして、非暴力の抵抗者は、日本軍に対するどんな支援も拒否することになります。水を差し出すことさえしません。自分たちの国を盗み取る者を支援する義務は全くないからです。しかし、一人の日本人が道に迷い、のどが渇いて死にそうになっていて、人として助けを乞うのであれば、非暴力の抵抗者はどんな人も敵とはみなしませんので、渇きを訴える人に水を与えるでしょう。仮に日本軍が水をくれと、抵抗者に強要するなら、抵抗者は抵抗する中で死を覚悟せねばなりません。日本軍が抵抗者を皆殺しにすることも考えられます。そのような非暴力の抵抗者が心の中で信じているのは、侵略者もやがて、非暴力の抵抗者を殺すことに、精神的にも、さらには肉体的にもうんざりするだろうということです。侵略者は、相手に傷を負わそうとすることなく、協力を拒む彼にとって新しいこの力は何だろうと、探求を始めることになります。そしておそらく、これ以上殺戮することを思いとどまるでしょう。しかし、日本軍が全くの冷血漢で、何人殺そうとまったく気にかけない人たちだと判明する場合もあるでしょう。それでも屈服するくらいなら絶滅を選ぶ限り、非暴力の抵抗者が勝利を勝ち取ることになります。
 しかし、物事はここに述べたほど単純にはならないでしょう。この国には少なくとも4種類の当事者が存在します。まず、英国と英国が招き入れた軍隊です。日本は、インドに対してどんな野心も持っていないと宣言しています。彼らは英国とだけ戦っています。こういうことですから、日本に在留するインド人には、日本を支援している人たちもいます。そのようなインド人が何人くらいいるのかを推測するのは困難ですが、日本の宣言を信じて、日本はインドを英国のくびきから救い出したら、撤退するだろうと考えているインド人が相当数いることは間違いありません。たとえ最悪の結果になるとしても、彼らは英国のくびきにあまりにも疲れ切っていますので、気分転換に日本によるくびきを歓迎することさえしそうですこれが第2の当事者です。第3の当事者は、中立派です。彼らは、非暴力を用いることはしませんが、英国にも日本にも支援の手を差し伸べたりはしないでしょう。
 第4の最後に残った当事者は、非暴力の抵抗者です。彼らがほんの少数派であれば、未来への例示となることを除けば、彼らの抵抗に効果は期待できません。このような抵抗者は、それぞれの場所で穏やかに死んでいくことになります。しかし、侵略者を前にして膝を屈することは絶対にしません。彼らは、約束に騙されたりはしません。彼らは、英国のくびきからの解放を求めるのに、第3者の助けを借りたりはしません彼らは自分たちの闘い方に絶対の確信をおいており、それ以外はいっさい信じていません。彼らは、無学の大衆を代弁して闘っています。救いというものがあることさえもおそらく知らないような人々のためにです。彼らは、英国に敵意を抱くことも、日本に好意を寄せることもしていません。彼らは、他のすべての国の幸運を願うのと同様に、両国の幸運を願っています。両国には正しい行いをしてもらいたいと思っています。どのような状況にあっても、人を正しい道に導くのは、非暴力だけだと彼らは信じています。ですから、仲間が足りなくて、非暴力の抵抗者がゴールにたどり着けないとしても、その道をあきらめることはなく、死に至るまで追求していきます。
 非暴力を信奉する者が果たすべき仕事は、非常に困難な仕事です。しかし、自らの使命を確信する者は、どんなに困難であってもくじけることはありません。
 延々と続く苦しみとなるでしょう。非暴力の抵抗者が、不可能に挑戦しないようにしましょう。彼らの力は限られています。ケララ州に住む抵抗者が、今現在危険が差し迫っているアッサム州を体を張って防衛しなければならないわけではありません。アッサム州が非暴力に傾倒していれば、自分で自分を守ることが十分にできます。非暴力に関心がなければ、ケララ州からどんな非暴力の一団が来たところで、アッサム州を助けることはできませんし、他の州についても同様です。ケララ州は、ケララの中で非暴力を実践することで、アッサムや他の州を助けることができます。日本軍が仮に、インドで足がかりを得るようなことがあっても、アッサムで立ち止まることはないでしょう。英国を打ち負かすために、日本軍はインド全土を征服しなければなりません。英国は寸分も失うまいと、必死で戦うでしょう。英国にとってはおそらく、インドを失うことは完敗を意味するはずですから。しかし、英国の立場がどうであろうと、日本軍はインドを完全に手中に収めるまで、手を休めるはずがありません。ですから非暴力の抵抗者は、どこにいようと、その場所にとどまるべきなのです。
 明確にしておかねばならないことが一つあります。英国軍が実際に敵と戦っている場所で、直接的な抵抗運動がうまくいくと期待するのはおそらく無理でしょう。暴力行為と混ざったり、手を結ぶ結果になる場合、非暴力の抵抗とはなりえません。
 ですので、これまで何度も述べてきたことを繰り返させてください。非暴力を準備する、もっと言えばそれを表現する最良の方法は、建設的プログラムを断固として推進することです。建設的プログラムに支えられていなくても非暴力の力を提示できると思っている人は皆、いざという時に惨めに失敗します。それは、腹をすかせた素手の男が、十分に腹ごしらえをして鎧兜で身をかためた兵士を相手に、腕力で対抗しようとするようなもので、最初から失敗する運命にあります。建設的プログラムの有効性を信じない人は、飢える大多数の人々のことを具体的に思いやることがない人なのだと、私は感じます。そのような思いやりの感情を欠いていれば、非暴力のやり方で闘うことができません。私が飢える人々と一体となっていくにつれて、それと同じペースで非暴力が実際に広まってきました。私が考える非暴力から、いまだに私が程遠い状態にあるのは、名もない人々と一体であるという私が考える状態から、私がいまだに程遠い状態にあるからではないでしょうか。ワルダへの汽車の中で 1942年4月5日
ハリジャン 1942年4月12日

Japan is knocking at our gates. What are we to do in a nonviolent way? If we were a free country, things could be done nonviolently to prevent the Japanese from entering the country. As it is, non-violent resistance could commence the moment they effected a landing. Thus non-violent resisters would refuse them any help, even water. For it is no part of their duty to help anyone to steal their country. But if a Japanese had missed his way and was dying of thirst and sought help as a human being, a non-violent resister, who may not regard anyone as his enemy, would give water to the thirsty one.  Suppose the Japanese compel resisters to give them water, the resisters must die in the act of resistance. It is conceivable that they will exterminate all resisters. The underlying belief in such non-violent resistance is that the aggressor will, in time, be mentally and even physically tired of killing non-violent resisters. He will begin to search what this new (for him) force is which refuses co-operation without seeking to hurt, and will probably desist from further slaughter. But the resisters may find that the Japanese are utterly heartless and that they do not care how many they kill. The non-violent resisters will have won the day in as much as they will have preferred extermination to submission.
  But things will not happen quite so simply as I have put them.  There are at least four parties in the country. First the British and the army they have brought into being. The Japanese declare that they have no designs upon India. Their quarrel is only with the British. In this they are assisted by some Indians who are in Japan. It is difficult to guess how many, but there must be a fairly large number who believe in the declaration of the Japanese and think that they will deliver the country from the British yoke and retire. Even if the worst happens, their fatigue of the British yoke is so great that they would even welcome the Japanese yoke for a change. This is the second party. The third are the neutrals, who though not non-violent will help neither the British nor the Japanese.
  The fourth and last are non-violent resisters. If they are only a few, their resistance will be ineffective except as an example for the future. Such resisters will calmly die wherever they are but will not bend the knee before the aggressor. They will not be deceived by promises. They do not seek deliverance from the British yoke through the help of a third party. They believe implicitly in their own way of fighting and no other. Their fight is on behalf of the dumb millions who do not perhaps know that there is such a thing as deliverance. They have neither hatred for the British nor love for the Japanese. They wish well to both as to all others. They would like both to do what is right. They believe that non-violence alone will lead men to do right under all circumstances. Therefore, if for want of enough companions non-violent resisters cannot reach the goal, they will not give up their way but pursue it to death.
  The task before the votaries of non-violence is very difficult.  But no difficulty can baffle men who have faith in their mission.
  This is going to be a long drawn out agony. Let non-violent resisters not make impossible attempts. Their powers are limited. A resister in Kerala is not physically responsible for the defence of Assam which is just now in imminent danger. If Assam is non-violently inclined, it is well able to take care of itself. If it is not, no party of non-violent resisters from Kerala can help it or any other province. Kerala can help Assam, etc., by demonstrating its non-violence in Kerala itself. The Japanese army, if it gets a foothold in India, will not stop at Assam. In order to defeat the British, it has to overrun the whole country. The British will fight every inch of the ground. Loss of India will probably be admission of complete defeat for them. But whether it is so or not, it is quite clear that Japan will not rest till India is wholly in her hands. Hence non-violent resisters must remain at their posts wherever they are.
  One thing has to be made clear. Where the British army is actually engaging the ‘enemy’, it would be perhaps improper for direct resistance to function. It will not be non-violent resistance when it is mixed with, or allies itself to, violence.
  Let me therefore reiterate what I have said so often. The best preparation for, and even the expression of, non-violence lies in the determined pursuit of the constructive programme. Anyone who believes that without the backing of the constructive programme he will show non-violent strength when the testing time comes will fail miserably. It will be, like the attempt of a starving unarmed man to match his physical strength against a fully fed and panoplied soldier, foredoomed to failure. He who has no belief in the constructive programme has, in my opinion, no concrete feeling for the starved millions. He who is devoid of that feeling cannot fight non-violently.  In actual practice the expansion of my non-violence has kept exact pace with that of my identification with starved humanity. I am still far from the non-violence of my conception, for am I not still far away from the identification of my conception with dumb humanity?
ON THE TRAIN TO WARDHA, April 5, 1942
Harijan, 12-4-1942

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コメント

片山さん、

「非暴力を準備する、もっと言えばそれを表現する最良の方法は、建設的プログラムを断固として推進することです。」

今、鎌倉や湘南地域で
トランジション・タウンという動きがあります。

まさに、
ガンディーが提唱するライフスタイルに、
近づこうという建設的プログラムだと
思います。

そうでありたい。
非暴力を準備すること。

記事を有難うございます!!!

コメントありがとうございます。
トランジション・タウンについて、詳しいことをお知らせください。
それぞれの場で、いろいろな取り組みが行われていること、やがて大きなうねりになっていくと思われます。
今年も綿の芽が出て、ほっとしている所です。ありがとうございました。

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