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2008年9月27日 (土)

許せる人が強い

 バガット・シンとその仲間たちの死刑を減刑してくれるように、私は手を尽くしましたが、うまくいきませんでした。そのため若者たちが、私に怒りをぶちまけたのです。私は、そういうことを十分覚悟していました。彼らは、私に激怒していましたが、私に言わせれば、非常にもったいぶったやり方で、その怒りを表明しました。私に肉体的な危害を加えることもできたはずです。しかし、彼らはそれを差し控えました。他にも、私を侮辱するやり方はいろいろあったはずです。しかし、彼らは憤りを押さえて、黒い布で作った花を私に手渡すという無礼にとどめたのです。黒い花は3人の愛国者の遺灰を象徴しているのでしょう。これについても、彼らは私に、黒い花の雨を降らせたり、投げつけることもできました。しかし、そうする代わりに、私が彼らの手から花束を受け取るという選択肢を与えてくれましたので、私はありがたくちょうだいしました。
 もちろん彼らは、「ガンジー主義くたばれ!」、「ガンジー帰れ!」と叫んでいました。彼らがこのように怒るのも、もっともなことだと私は思います。そのような怒りの表明には慣れていましたし、もっとひどい、もっとゆゆしい危険な目にも遭ってきましたので、私は心を乱されることなく、深い悲しみとその結果生じた怒りを、彼らは穏やかに表現したのだとして、この侮辱を受け取りました。
 彼らは昨日の会議派の議会開会中は自制してくれていました。その自制を今後も続けてくれるようにと、私は期待するのみです。彼らは知っているのです。私と彼らは同じものを目指しているということを。ただ、手段が、私と彼らとでは全く異なっているだけなのです。時がたてば、彼らも自分たちのやり方の誤りに気づいてくれるものと、私は少しも疑問を抱かないで確信しています。他の国ではどうであろうとも、飢餓状態にある人が何百万人もいて、あふれているこの国では、暴力礼賛は何の意味も持ちません。自己抑制が働き、おどおどしていて、もはや臆病でもあるこの国では、多大な勇気や自己犠牲を期待することはできません。バガット・シンの勇気と犠牲の前には頭を垂れます。しかし、こんなことを言って若い友人たちが気を悪くなさらなければよいのですが、バガット・シンに勝る勇気を、遠慮がちで、優しく、非暴力を旨とする人々が示してくださることを、私は求めています。すなわち、誰一人傷つけることはせず、そのような考えを思いめぐらせることもなく、絞首台に上る勇気をです。

質問:バガット・シンと彼の仲間たちの処刑によって、協定についてのあなたの立場は、、何らかの影響を受けたでしょうか。
ガンジー:今までになく大きな挑発を受けていますが、私の個人的立場は、全く変化していません。
 反英闘争停止協定に、これらの処刑を思いとどまることが、含まれてはいないということは、申し上げておかねばなりません。私に関しては、協定の条件にないことについて、いかなる挑発を受けても、この協定に合意した際に、事細かに取り決めた方針から私はそれるつもりはありません。

質問:何千人もの人を殺した政府を許すことは思慮のないことだと思われませんか。
ガンジー:思慮がないと言われるほど、許すことが期待はずれであるような事例は一つも思い浮かびません

質問:しかし、インドが英国を許しているほど、他国を許してきたような国は、これまで1つもありませんでした。
ガンジー:だからといって、私の返答が変わるわけではありません。個人間に当てはまることは、国家観にも当てはまります。人が許しすぎるということはないのです。弱い人は許すことができません。強い人の特性として、許しがあるのです。

記者とのインタビュー カラチにて、1931年3月26日
ヤング・インディア 1931年4月2日

  I failed in my efforts to bring about the commutation of the death sentences on Bhagat Singh and his friends, and that is why the young men vented their wrath against me.  I was quite prepared for it.  Although they were incensed against me, they gave vent to their wrath in what I would call a most dignified manner. It was open to them to do physical injury but they refrained from doing so. It was open to them to insult me in many other ways, but they confined their resentment and insult to handing me black cloth flowers representing, I imagine, the ashes of the three patriots. These also they could have showered on me or thrown at me instead of which they gave me the option of receiving the flowers from their hands which I did gratefully.
  Of course, they shouted, “Down with Gandhism”, “Go back Gandhi”. This I consider to be a legitimate expression of their anger. Having been used to such an exhibition and that in a much worse and in more serious form, I was unruffled and took these insults as only a mild expression of their deep grief and consequent anger.
  I am only hoping that they will exercise the restraint that they did yesterday throughout the Congress session for they know I am trying to reach the same goal with them. Only I am following a method wholly different from theirs. I have not a shadow of a doubt that as time goes they will discover the error of their ways. Whatever may be true of other countries, in this country which is teeming with famished millions the cult of violence can have no meaning. In this country of self-suppression and timidity almost bordering on cowardice we cannot have too much bravery, too much self-sacrifice. One’s head bends before Bhagat Singh’s bravery and sacrifice. But I want the greater bravery, if I might say so without offending my young friends, of the meek, the gentle and the non-violent, the bravery that will mount the gallows without injuring, or harbouring any thought of injury to a single soul.

Question:Does the execution of Bhagat Singh and his friends alter your position in any way with regard to the settlement?
Gandhi:My own personal position remains absolutely the same, though the provocation has been of the most intense character. I must confess that the staying of these executions was no part of the truce, and so far as I am concerned, no provocation offered outside the terms will deflect me from the path I had mapped out when I agreed to the settlement.

Question:Do you not think it impolitic to forgive a government which has been guilty of a thousand murders?
Gandhi:I do not know a single instance where forgiveness has been found so wanting as to be impolitic.
Question:But no country has ever shown such forgiveness as India is showing to Britain?
Gandhi:That does not affect my reply. What is true of individuals is true of nations. One cannot forgive too much. The weak can never forgive. Forgiveness is the attribute of the strong.

INTERVIEW TO THE PRESS   KARACHI, March 26, 1931
Young India, 2-4-1931

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