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2008年8月20日 (水)

非暴力の精神 その1

 非暴力の精神が大多数の人々を支配しない限り、平和を求める叫びは、荒野の叫びでしかないでしょう。
 国と国との武器を取った戦いはわれわれを恐怖に陥れます。しかし、経済戦争も武器による戦闘と同じくらい悲惨です。武器の戦いが外科手術であれば、経済戦争は、延々と続く拷問です。その惨状は、いわゆる本当の意味での戦争文学に描かれている惨状に劣らず悲惨です。経済戦争について何も思わないのは、その致命的な作用に慣れっこになっているからです。
 我々、インド人の多くは、血が流れるのを見ると身震いします。多くは牛を殺すことに憤慨します。しかし、じわじわと行われている拷問は気にかけないのです。自分たちの欲望のために同国人や牛を拷問にかけているというのにです。私たちはこのゆっくりとした死に慣れっこになっているので、それについては、何も感じないのです。

  The cry for peace will be a cry in the wilderness, so long as the spirit of non-violence does not dominate millions of men and women.
  An armed conflict between nations horrifies us.  But the economic war is no better than armed conflict.  This is like a surgical operation.  An economic war is prolonged torture.  And its ravages are no less terrible than those depicted in the literature on war properly so called.  We think nothing of the other because we are used to its deadly effects.
  Many of us in India shudder to see blood spilled.  Many of us resent cow-slaughter, but we think nothing of the slow torture through which by our greed we put our people and cattle.  But because we are used to this lingering death, we think no more about it.

The Hindu, 8 Nov. 1926

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非暴力」カテゴリの記事

コメント

久しぶりに「ガンジー思想と私」をお訪ねしましたら「ブログ(ガンジー言葉の窓)」を見つけました。ガンジー思想を学ぶチャンスにしたいと思います。
82年前にこの記事を書いたガンジーの世界と、現代の世界は変わっていないようですね。
戦争―武器を取っての戦い、経済戦争―は世界に恐怖、悲惨、拷問をばら撒いています。
そのような現実世界を根本的に変えて、幸せな世界を築くには、戦争をしないこと、非暴力しかないのですよね。一人ひとりが非暴力を生き、伝えていくことが大切ですよね。どんなに困難であろうとも。


南のしまんちゅ様
コメントありがとうございます。
結局、他の人ではない、自分がどう生きるかが問われているのだと思います。これが一番難しいことですが・・・
死後50年経って著作権が切れたガンジーの遺稿は、人類の共有財産だと思います。まだ、日本語で紹介されていないものもたくさんあります。ぼつぼつと発掘していきたいと思っていますので、時々、訪れてくだされば嬉しいです。

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